2020-01-28

体験しないとわからない?うつ病と向き合ったらPTSDとAC(アダルトチルドレン)が隠れていた

今うつ病と診断されている私にとって何割程度苦しい状況なのか、詳細なパーセンテージは算出できません。ですが明らかに回復傾向にあると実感できつつあるので公開することにしました。

私はなぜうつ病になってしまったのでしょうか。体験しなければ絶対にわからない事や病気と向き合った当時者だからこそのツラさ、生きることへの葛藤を綴ろうと思います。

また、PTSDやAC(アダルトチルドレン)などの二次的症状として発覚した事も含めて、世間で増え続けるうつ病の実態の一例としてお伝えできればと考えています。

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ある日突然うつ病だと言われました

なぜ私はうつ病になってしまったのでしょう。症状や経緯を考えてみると、病院のパンフレットなどから当てはまる項目が見事なまでに完璧に当てはまっていたのです。

  • からだが非常にだるくて、すぐに疲れる
  • 周囲の音が異常に気になる
  • 気が付くと気分が沈みっぱなし
  • 朝になると無気力になる
  • 頭痛がとまらない
  • 眠れないのに早朝に目が覚める
  • 食事をとる気力がなく味がしない
  • 息がつまるようで苦しい
  • 突然人生が途絶えるような気がする
  • 業務処理能力が超低下傾向

最初からうつ病を疑って病院に駆け込んだわけではありません。むしろ信じたくなかったのです。内科や婦人科などの内臓疾患を疑っていました。

内臓疾患を疑ったこと

内臓疾患を疑ったのには以下のような理由があったからです。内科から紹介状を書いてもらって総合病院で精密検査をすることになったのですが。

  • 喉がつまった感じがして痛い
  • 頭の色んなところが痛くて仕方がない
  • お腹の調子が悪いわけでもないのに痛い
  • 首や肩が異常に張って痛い
  • 背中から腰にかけて局所的に痛い

精密検査の結果は異状なし。何かが悪くないと納得のいかない痛みに耐えていましたから、異常なしという結果には不服申し立てをしたい気持ちでした。

痛み止めなどの薬は処方してもらったものの、解決への糸口は見つからないまま。どこの診療科目に該当するのかも判断ができなかったようです。

当初は私が体調不良を訴える内容が全て痛みに関することでした。痛みをとにかく取り除きたいと、総合病院の中のあらゆる診療科に行って該当する病気を探すことになりました。

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心療内科への紹介状

内臓疾患を疑っていたので、心療内科や精神科といった医療機関への紹介状を書くというドクターの意外な提案にビックリし、また同時にショックでした。

原因不明の痛みを抱えながら

明らかに、あらゆる部位に痛みがあるにも関わらずです。ココロとか頭がおかしいだとか、そんな意味に捉えてしまって勝手な想像で余計に苦しくなる事態に。

本当に?まさか私が?という気持ちばかり。心療内科や精神科に行くべきなのか、それほどまでに深刻な状況なのか本当に信じられなかったのです。

ココロや頭の回路がガタついているのだとしたら、どうやっても治療なんてムリだと思い込んでいた部分もありました。

予約が困難という壁

既に心身クリニック系の病院があちこちに開業しているのは知っていましたが、まさか自ら予約の電話をすることになるとは思いもしなかったのです。

それに大抵のクリニックは予約が1ヶ月~2ヶ月先まで埋まっていて取れないのです。紹介状の意味がないほどに心療内科のクリニックは盛況でした。

しばらくのあいだ通院することを考えると、あまりにも遠くの病院には電話できません。適度に近くて、出来ればひそかに通院したいという気持ちもありました。

主治医が決まってからがスタート

程よく遠くて近いクリニックはどこも予約がいっぱい。もう仕方なく近くのクリニックにしようと、これが最後だと諦め半分で電話をしてみると、すぐに来てくださいとのこと。

あんなに予約が詰まっているクリニックばかりだったのに。怪しい病院だったらどうしよう、と緊張しながら行ってみると清潔感のある新しいクリニックで一安心。

主治医に決まったのは大学で先生業をしているドクターでした。優しい感じの主治医に決まって少しだけ安心したのですが、これがトラブルの始まりだとは思いもしませんでした。

治療方針が定まらない

主治医とのやりとりは毎回同じ。1~2週間ごとに通院しましたが毎回まともに話せず泣いてばかりです。だからと言って主治医が動じることは無く、淡々とした診察時間に。

ただ単調に2週間ごとに薬をあれこれと組み合わせて試すという日々が続いていきました。1~2週間の間隔で通院をして、一回の診察時間が5分以内という形。

初診時には30分から1時間程度かかったと記憶しているのですが、結局重要な話は出来なかったと思います。通院はしますが毎日のツラさから抜けられず記憶さえ飛んでしまうほど。

主治医への疑問が不信感に?

主治医は薬の組み合わせを変えたり、薬を増やしたりすることに集中している様子。このままこの主治医で良いのかどうか、疑問と不安がわくようになりました。

もし別のドクターなら、どう診察するのか。別のドクターならピッタリの薬を見つけてくれるかも。毎回同じ繰り返しの診察で主治医が模索しているのもわかるのですが。

患者として、シビレをきらしてしまったのは数か月経過したころでした。周囲の情報もあまりわからないので余計に気になってしまい、とうとう行動してしまいました。

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セカンドオピニオン

どんな病気であっても第三者の視点は必要だと聞いたことがありました。そういう意味でもセカンドオピニオンは推奨されていることがありますね。

2つのクリニックの扉を開けてみて

定期的な主治医の診察を受けつつ、一方で2つのクリニックの予約をとることができました。

初診はやはり、ある程度の時間は取ってくれるものの、いずれも今の主治医と同じような対応だったのです。

ただでさえ動けない身体を痛めつけるためにセカンドオピニオンという行動をしたことに対して後悔することに。

そもそも主治医を変えてみようと思った事に対して自分自身を責めました。ドクターショッピングという言葉があることも同時期に知ることになり、罪悪感にさいなまれたのです。

疲弊しただけのセカンドオピニオンの依頼の仕方

結果的にセカンドオピニオンという事ではなく、処方薬を出してもらう形で2つのクリニックにかかったことによって薬の重複や急な切替をすることに。

主治医のクリニックには通院しながらですから、自らをあちこちの病院に行くことで忙しくしてしまったのです。罪悪感は日に日に大きくなるばかり。

とうとう罪悪感をココロにしまっておくことが出来ずに、主治医に泣きながら謝りました。そうすると主治医は「言ってくれれば紹介状を書いたのに」と言ったのです。

紹介状などでセカンドオピニオンだと伝えることで、ドクターの一方的な診察に振り回されることもありません。余裕があれば主治医に申し出ましょう。

主治医への不信感

主治医との相性は大切だと聞きますが、本当にその通りだと思いました。ちょっとした違和感や底知れぬ不信感が、毎回少しずつ募っていった感じがあります。

それ以前に、薬の組み合わせを変更したとしても一向に体調が良くなる兆しがみえないまま。主治医は相変わらず薬の組み合わせに四苦八苦している様子でした。

「これもダメか」という一言で診察が終わることが長く続いていました。まるで実験用のモルモットになった気分。また今回も薬が変更になるのかと、不安も大きくなるばかり。

診断書は必要な時に最大限利用しよう

当時は会社員としてバリバリ働いていましたから、突然の連続した休みに上司もビックリしたことでしょう。それ以前に社内での倒れそうな前触れはあったものの。

会社との連絡方法は電話が一番危険

動けなくなって以来、病状を詳しく伝えていなかったこともあり、最初は私自身も戸惑いながら「今日も休ませてください」と電話するのが精一杯でした。

いつまで休むのか私自身も分からないので、会社側も復帰する時期が知りたいと頻繁に電話がありました。この電話という連絡手段が症状を悪化させていることに気づかず。

主治医に話をしてみると「診断書を書いてあげるよ」ということで最初は1ヶ月単位で休養が必要である旨を書いてもらいました。それを毎回郵送するのです。

連絡手段の移行を依頼する

診断書を郵送しているにも関わらず、会社からの連絡が頻繁にあったせいで家にいても気持ちが休まることがありません。今で言うなら在宅勤務のような形ですね。

お給料も出ないのに。病休なのに。会社からの電話が恐怖になってきました。主治医に相談すると「電話や直接会話は禁止」ということで改めて診断書を書いてもらうことに。

連絡手段を電話ではなく、手紙かメールで対応を依頼する手紙を診断書を添えて送ると、やっと会社からの電話が鳴りやみました。ホッとしたことは忘れられません。

思考停止の中での試行錯誤

会社からの電話が恐怖だなんて変だと思いますよね。手紙が良いなら、そんなこと自分で言えば良いじゃないかと思うでしょう。私も健康な時ならそう思ったはず。

ですが実際には本当に何もできません。ただ苦しいだけなのです。思考停止というのが正しくて体調的にもっとも近い表現となります。

何も考えられない、何もしたくない、消えたい、そればかり。家族の理解さえ得られないまま時間だけが無駄に過ぎ去っていくような気さえしました。

会社側に唯一の理解者という重要性

診断書や状況の報告や相談ができる存在が会社に一人でもいると、かなり助かります。更に理解を示してくれるようなタイプの上司だと恵まれていると感じるでしょう。

組織的にもかなり大きな会社でしたが、唯一上司の中で一人だけは話の通じる人の存在がありました。私の体調面でも状況的にも頼らざるを得なかったので、ありがたかったですね。

その上司に言われたことは以下のとおり。日々の働き方を見てくれている人もいるんだと実感しましたが、同時に苦しかった時に助けを求められなかった後悔も出てきました。

  • 真面目に仕事に取り組んでいたから
  • 会社に戻ってきてほしいから
  • 回復を願ってくれたから

病休中の傷病手当金など手続きについて

唯一の会社で相談できる上司の存在には、本当に多くの部分で助けられました。病休中はお給料がありませんので、傷病手当金を請求する必要があります。

妙な罪悪感から電話でも手紙にも書くことが出来ずにいたのですが、ありがたいことに上司の方から手続きのための書類が送られてきました。

社会保険に加入している場合や会社組織が大きな場合、半年~1年程度は毎月請求できますので、しっかりともらっておきたいものですね。

その他の社会保障について

通院するのも本当に大変ですが、それ以上に大変なのが社会保障制度を受ける手続きです。国の制度を最大限に利用するためには全て申請することから始まります。

障害年金を申請する

通院しても体調が良くなるとは思えないなかで時間だけは刻々と過ぎ去っていきます。本当にあっという間に半年が経過した時、主治医が社会保険事務所に行くようにと。

当時は社労士という存在を知らなかったので何もかも一人でこなすことになるのですが、これが本当に大変なのです。書類の取り寄せから申請に至るまですべて一人で。

体調がツラい時なので、可能な限り書類関係は郵送でお願いしましょう。本来は安静にしなければいけないくらいに動けないのですから、無理はしない方が良いのです。

できれば信頼のおける社労士を早めに見つけて、すべて丸投げすることが近道。ひとりでは限界があるからです。知識もない状態では本当に困難なことばかり。

結局フラフラになりながらも通院と障害年金と障害者手帳の申請を平行して行っていました。振り返ると超人技をこなしていたとつくづく思います。

心理カウンセリングがスタート

ある日主治医の都合で比較的大きな病院にカルテを移動させることになりました。転院という形です。その病院には開業医や大学病院からの派遣ドクターが沢山いました。

臨床心理テスト

主治医が心理士の先生に心理検査をしてもらうように提案してきたのが始まりです。いろんな種類のテストがあるようですが、一般的に詳しく分析できるタイプのものでした。

心理テストの時の記事はコチラから

結果は超重度。発達障害の傾向ありで主治医の予測どおりだったのです。ですがその直後から雲行きが怪しくなってきました。主治医と心理士との相違です。

詳しいことはわかりませんが、治療方針についての議論がなされたのだということは、後で心理士の先生から聞くことになるのですが。

主治医からの診察拒否

ある日の診察日。いつもどおり診察室に呼ばれて「失礼します」と入っていくと主治医が仁王立ち状態。突然予告もなく「もう診察したくない」と言われるのです。

予期せぬ通達にビックリを通り越して戸惑うばかり。理由を聞きたいのですがショックが大きすぎて声になりません。一度座った椅子から立ち上がることも無理で。

その様子を察知したのかどうかは不明ですが主治医は重ねて言いました。「他の先生も無理だから別の病院に行ってくれ」と。もう意味がわかりません。

主治医が決まらない

「今月中に紹介状は書くから病院を決めてきて」

完全に主治医の医療放棄でした。心理士の先生との行き違いなど色んな理由があったのかとは思いますが、正確な理由は分からずじまい。

そこからです。今更他の病院を探す気力もなく、病院内での主治医が決まらないので毎回「たらいまわし」状態でドクターが入れ替わり立ち代わり違うことを言うのです。

本当に困惑しっぱなしでした。結局病院側のミスという形に落ち着き、別の主治医に決定。そして間もなく元主治医は病院を辞めたのか見かけなくなりました。

今考えると、ドクターという職業もなかなか大変で、ストレスや患者からの影響で病んでしまうのかもしれないと推測してしまうのです。

心理カウンセリング

心理カウンセリングとは、臨床心理士の先生から学ぶ心理学の時間のことです。解釈の仕方はいろいろ。それに心理士の先生のセラピーの手法も様々。

ということで始まったのですが、私にとっては心理学の時間こそが本格的な治療と言えるのではないかと思えるほどに重要で欠かせないものになっていきました。

なぜなら以下のような3つのポイントを中心に行われているからです。毎回このパターンは変わりませんが、私自身に大きな変化があらわれるように。

  • 原因究明
  • 治療の方向性
  • 回復へのマニュアル

幼少期からの両親との関係、世代間連鎖しているAC(アダルトチルドレン)の問題、親子の逆転現象や親の暴力や暴言によるPTSDが原因としてあげられました。

まず取り除くべき問題と課題がPTSDでした。長年にわたる傷つき体験を癒すという目的のもとに回復へのマニュアルどおりに段階を踏んですすんでいきました。

PTSDとうつと発達障害関連記事はコチラから

まとめ

正直なところ「うつ病なんて、所詮なまけ病」と思っていましたが、当事者になってみると本当に良くわかるのです。ツラい、あまりにもツラすぎます。

そしてうつ病は二次障害である可能性が高いということ。別の困った症状があるのに放置したり発見されないまま大人になってしまうと「うつ病」という仮面を被って現れるのです。

私の場合はPTSDやAC(アダルトチルドレン)、そして発達障害の二次症状としてうつ病になりました。最近はそういった形で元凶となる問題点を洗い出すことが出来ます。

まずは病院選びから。そしてドクターとの相性や場合によっては心理士のテストや面談によって回復への切符を手にすることができるのです。

会社とのやり取りの仕方の工夫や社会保障についても今後詳しく記事にしていきたいと思っています。

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