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転職

なぜ転職を繰り返す?社会に適応できない生きづらい人の職場遍歴

一度転職してしまったら一生転職組になり果てるよ・・・と言ったのは確か高校の時の友人でした。今思えば「その通りになってしまったかな・・・」所詮人生なんてそんなもの・・・。

 

 

友人の指摘通りに生きるのがまっとうなのかどうかは未だ解明できず・・・。ただ一生転職という人生になってしまった感は否めません。なぜ転職を繰り返すのでしょうか。

 

社会に適応できないのではないか?と分析してみるのですが振り返ってみるとそれぞれに理由が存在します。その理由たちを並べてみると我が身の生きづらさが見え隠れ。

 

最近生きづらい性質だと分析されて社会から分離されたような気分も重なりつつあります。悲しい現実を沢山見てきたような・・・あえて厳しくてツラい選択をし続けてきてしまったような。

 

転職遍歴を振り返りつつ・・・なぜ転職を繰り返すことになったのかの理由や本当に社会に適応できないのかを我が身に問いかけながら自分史を記してみましょう。

 

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初めての就職が転職のはじまり?

 

 

性格や性質の関係のせいか学生のころから文章を書くことは嫌いじゃなく・・・むしろ好きな方でした。家でのコミュニケーションにメモを使うくらいです・・・。

 

何より他人と話すことよりもラクで楽しかった記憶があります。文章を書く時はたとえ孤立していたとしても集中できたこともあってある意味孤独の楽しみにもなっていました。

 

発端は代筆業ボランティア?

 

楽しめることなら良い事のはず・・・。将来は文章を書くことで生きていきたいと思ったこともあります。孤立していたクセに学生時代には恩も無いような他人の代筆業もしていたのです。

 

他人ごとですから簡単に教えれば良いことなのに・・・すすんで代筆を名乗りでていました。調子に乗って書くことが得意だと思い込んでいましたし得意げにしていたと思います。

 

でも簡単に挫折しました。最初の就職は勘違いが引き起こしたものだと言えるでしょう。物書きになりたいから・・・練習できるなら組織に属するのも一つの手段だと思い込み・・・。

 

知らないまま生きる怖さ

 

会社に就職するという手段しか選ばなかったのは誰にも相談できなかったから。誰にも相談しようとしなかった我が身の不手際でもあるのですが勉強できたのも事実。

 

会社という組織の中での文筆業と言えば広報部。求人で物書き関連の業界を探せばよいものを何を血迷ったのか広報部一本で探していたのです。

 

実際に就職してみたところ今思えば案の定名ばかりの部署でした。要するに総務よりもひどい仕事内容だったのです。いろんな部署からの下請け業とでもいいましょうか。

 

いわゆる何でも屋さんです。会社という組織図に広報部は存在するものの事実上は組織の中での底辺で動き回る不幸な役回りでした。上司にも恵まれず小馬鹿にされる毎日。

 

理想と現実のギャップ?

 

実際に文章を書かせてもらう時もありましたがボツにされることばかり。「だからキミはダメなんだよ」とダメ呼ばわりされるだけで仕事を教えてもらうことはありませんでした。

 

取材に行けるようになったのは上司が左遷されることになった数年後のこと。でも所詮広報部の下っ端には変わりなかったので取材に行ったとしてもアンケートや写真を取りまとめるだけ。

 

取材に行っても所詮本社の人間だと毛嫌いされてまともに相手にされませんでした。定型のアンケートや取材の質問シートのようなモノに記入してもらうので精一杯。

 

締め切りを守らない社員に電話で催促をする日々でした。ギリギリにアンケートや質問シートが届くものの文字数が少なすぎて結局電話で追加質問をするはめに・・・。

 

救いは外部からの学習のみ

 

唯一不幸中の幸いだと言えるのは校正を現役の編集者から学べることや印刷会社の担当者にレイアウトを習ったことでした。

 

広報部の仕事は遊びとも思われていたのでしょうか。夕方の終業時間以降にしかほとんどの社員が対応してくれません。まさに本業が残業時間だったのです。

 

周りはお疲れさまと言って帰っていくのに見送りながらの始業開始で毎日5時間以上の残業。おまけに社内行事があると社員たちが楽しむはずの場所でも常にカメラを持ってスタンバイ。

 

休日出勤扱いにもなりませんでしたから14連勤など普通でした。広報部にいながら本社勤務という宿命を背負って日中は下働きで目が回るような忙しさです。

 

残業代コミコミ給与?残業は仕事の仕方次第

 

劣悪な環境だと自覚できなかったのは社会人1年生だったからでしょう。我ながら健気な働きっぷりだと感心します。他と比べることも出来なかったですし出来たとしてもしなかったと思います。

 

劣悪な環境なのは広報部だけではなかった・・・というのも後々同期に話を聞いて分かったことですが。そもそも体力やメンタルが限界になるまで頑張るしか方法がありませんでした。

 

底辺で仕事を一手に引き受けていたのでココで辞めたら他の部署にも迷惑がかかると思い込んでいたからです。

 

ある日別の部署の上司から仕事内容のヒアリングがあり膨大な仕事量だということが判明。よく何も言わずにこれだけの仕事をこなしていたものだと半ばあきれ顔をされました。

 

退職理由はキャパオーバー

 

それ以来業務内容の見直しや組織変更などの都合で一気に仕事の量が減ったことで気が抜けたのでしょうか。急に体調の異変が起き始め辞職に至ったワケです。

 

相変わらず下請け業扱いする社員たちが仕事の依頼を・・・半ば強引ですから仕事を丸投げしてくる形相でした。それを予期していたかのように体調がどんどん悪くなっていったのだと今になって思えば・・・ですが。

 

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一般事務職への転職

 

 

会社という組織で働くことで好きな文章を書くという夢が叶えられなかった・・・という経験からそういうことなら一般事務の方がずっと良いだろうと思うようになるのです。

 

書くことへの意欲が完全に喪失した時期でもあります。運よく就職できた総務という部署では本当にいろんな雑用が仕事でした。雑用と言えば下請け業で鍛えられた経験が役立ちます。

 

残業して文章を書く・・・もといアンケートの取りまとめを行う必要が無くなっただけでもマシだと思えました。社会や会社という組織に属するということは歯車になることだと知ったのです。

 

ワンマン社長の実態

 

たとえ歯車だとしても仕事として成り立つなら・・・お給料を貰えるなら十分だと思いました。あの日の理不尽な扱いを受けるまでは・・・。

 

普段通りに仕事をしていたのですが突然社長室に呼ばれたのです。そして「失礼します」と言い終わるか終わらないかのタイミングでモノが飛んできました。暴言と暴力・・・。

 

ワンマン社長として社内で恐れられていたことは後日知るのですが。もうわけがわからず自席に戻ると追いかけるように社長がやってきて上司と並んで廊下に立たされお説教。

 

上司は社長から暴力を振るわれ何も抵抗せず・・・。上司の顔は腫れあがり真っ赤で鼻血も飛び散っていました。そんな状態にも関わらず直後には会議室で上司とふたり反省会です。

 

退職理由はトラウマ

 

社長の理不尽な行動は社内では暗黙とも公然とも言えるようなことだとか・・・。我が身を守るためという理由よりも理不尽な言動が許せない性質のせいで会社に居づらくなりました。

 

何度も引き止められましたが社長を見かける度に吐き気がしてトイレに駆け込む始末。またも体調に異変が生じてしまい限界だと伝えて辞めてしまいました。

 

今考えると労基などに相談するという方法をなぜ思いつかなかったのか・・・。たとえ相談したとしても組織のトップのことを底辺の社員が申し出て何になるのでしょうか。

 

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経理関係に転職

 

 

商業系の学校出身ということもあり経理の募集を見て初めて我が身の居場所をみつけたような気がしたのです。入社してからも文系ながら数字と日々過ごすことが楽しくなりました。

 

意外なタイミングで計算が得意だと気が付いたのです。経理に関わることならいくつも平行して仕事がこなせるように。勤務時間を気にせず仕事が楽しい時期は後にもこの時だけ・・・。

 

何事にも転落がつきもの?

 

人生良いことばかりではありません。そんなに上り調子で上手くいくわけがなかったのです。ある日思わぬ不幸が訪れました。セクハラです。女性としての魅力は最低だと自覚していたにも関わらず。

 

逆にその自覚をバカにされるかのようにひどい扱いを受けました。そんな時期だと社外でも見透かされたように通勤途中では痴漢に遭遇することも度々。仕事は楽しいけれど我慢も限界です。

 

退職理由はセクハラ

 

単なる組織の歯車でいることさえ苦痛になってきました。仕事帰りに待ち伏せされたり電話がしつこくかかってきたりと徐々に限界に。情弱は今に始まったことではなく無理でした。

 

乗り越えられるような精神たくましき人間ではなかったのです。セクハラ上司に辞職相談をすることさえ苦痛で顔は引きつり悔し涙が出たことは忘れられません。

 

アーティスト兼バイト&派遣への転職

 

 

誰しも一度は夢見るアートへの憧れ・・・。学校では主要教科は落ちこぼれだったものの美術や音楽などの教科は自分自身を解放できる唯一の手段だと思っていました。

 

美術なら色彩です。色を表現する方法は何かないか模索してみると意外にも家庭科での裁縫も好きだったことを思い出しました。色を楽しめる編み物や手作りアートを始めようと・・・。

 

毛色の違う人生を

 

ただ専門学校にも行っていないし資格もない。アートつながりで模索していた時期だったのでアロマやカラーセラピーなどを通信教育や独学で学びました。

 

音楽は作詞作曲がしたいと以前から思っていたこともありノートに譜面を書いてみたり詩を考えたりしました。生活するレベルには程遠いと思い派遣やバイトをしながら音楽教室の門戸をたたきました。

 

数奇な出会いというものは実際にあるもので音楽教室の講師から演奏活動をしないかとスカウトを受けます。それからは必死に練習してライブ活動に参加出来るように・・・。

 

二足の草鞋のはじまり

 

ライブ活動が出来るからと言っても生活は成り立ちませんからバイトや派遣で稼ぐ毎日でした。ライブ活動はたいてい休日や夜ですから自然に生活のサイクルが狂っていきました。

 

何よりシフト制で働くことが初めてだったので昼夜の感覚がマヒしていきクタクタになっていったのです。このままでは体調がおかしくなる・・・危機感は記憶から?

 

何とかしなければ・・・と現状を改善すべく悩む日々が続いたのです。

 

嫌悪の公務員業界への転職

 

 

学生の時のバイトを通じて知り合いになった公務員の方に「まだ若い内に国家試験を受けたら」とすすめられていました。演奏活動は続けたいと思っていたので勉強する時間はありません。

 

何より問題なのは勉強がもともと苦手で落ちこぼれだということの自覚です。結局公務員の試験は受けないことにしていたのですがタイミング良く職員補助という形で採用してもらったのです。

 

嫌悪の理由と新たな発見

 

嫌悪していた公務員の優遇された環境を見せつけられることになるのですが・・・それ以上に今までの社会での扱いが最低で最悪だったことを知りました。

 

不況の波に飲み込まれない環境はとても不思議な世界でした。安定とはまさにこういう事だと知らされるのです。嫌煙する理由は安定は単調であるということ。

 

安定にたどりついた公務員という業界は独特な雰囲気があって非常に単調な日々を器用に生きているのです。器用に生きているからといって羨ましいとは思えませんでした。

 

優遇制度は素晴らしいものですが単調に平凡に生きることほど耐えがたいことは無いと考えてしまうのが我が身の勝手な想像の世界であり信じたいと思うのです。

 

退職理由は弱者の自覚?

 

人と同じ行動をして同じ毎日を繰り返す・・・変化を強いられることなく必要もありません。所詮立ち位置が職員補助なのでとても気楽でしたがだんだんと物足りなくなってきました。

 

同時期に偶然にも不愉快な出来事が・・・。またもセクハラ系問題発生です。妻帯者からのアプローチに辟易してしまいとうとう限界に。

 

ふたたび派遣で夜間専門に転職

 

 

演奏活動は細々と続けてはいましたが今にも切れそうな糸そのもの。だからと言って音楽を捨てきれないという意識だけはあったのです。やはり二足の草鞋で行こうと決意しました。

 

昼夜を逆転させてみたらどうだろう・・・我ながら安易な考えですが夜勤専門の派遣で稼ぐことに。夜勤専門といっても内勤で紅一点ということもしばしば。ある意味割り切り出来て良かったのですが。

 

派遣の現実

 

派遣業界は使い捨てです。人件費として扱われることが少なく経費として物品と同じようなイメージ。そもそも人間扱いしてもらっていないという現実に直面し派遣切りにもあいました。

 

派遣は所属する会社や担当者によって待遇の度合いが違うことも同僚から聞かされ知ることに。元来の頑固な性格が「モノ扱いされるならとことん割り切ってやる」とますます意地を張る事に。

 

担当者に頼ることなく紅一点で頑張りぬくという決意は派遣先の大企業には通用しませんでした。夜勤という生活に慣れてきたころでもあったので昼夜逆転派遣生活はしばらく続けました。

 

結局夜勤組は男性優位の世界で女性が優先的に切られるという現実を知ってしまうのですが。

 

ふたたび公務員業界へ転職

 

 

時々公務員の知り合いとは連絡を取り合っていたのですが派遣期間の延長が難しいと通達されたころに「人手不足だから来てくれないか」と誘われ再度公務員の補助職員に。

 

部門が全く違ったので業務に慣れるまでに時間がかかりましたが幸いにも女性が多い部署で理解ある上司にも恵まれ仕事も徐々にこなせるように。忙しい時もフォローしてくれます。

 

環境は良かったけれど

 

予測していた通り単調な日々になりつつあって半ば不安でした。慣れてくると本当に仕事がヒマだと思えるようになるのですがヒマな時の適当な過ごし方がわかりません。

 

そこで違和感の正体を見つけます。いわゆる雑談が苦手だったのです。雑談というよりも無駄話や仕事中の私語に対しては厳しい職場にいた経緯もあったからでしょう。

 

雑談する人たちを軽蔑さえしていました。そのせいか他人とのジョーク的な付き合い方が全く理解不能だったのです。余談や冗談に合わせることさえできません。

 

そんなタイプだと見抜いてくれたのか・・・未だナゾではあるものの話を合わせてくれる人は存在したので少し救われてはいました。でもなんとなく苦しいし居心地も悪いのです。

 

そんな日々にも変化が。人手不足はどこでも同じなのか以前お世話になった部署で補助員として戻るように催促がかかります。現時点では有限付きの補助職員。

 

以前の職場でのイヤな記憶があったものの今度は期限が有限ではなくずっと働けるという情報を得たこともあって決意しました。我ながら驚きの安定を選んだのです。

 

安定が急変!公務員のおこぼれ職員の末路

 

 

1年程度この先も安定だと確約されていた業務をこなしていました。ところが突如状況が急変してしまったのです。原因は公務員の不祥事問題でした。

 

不祥事問題に関わっていなくても誰かが犠牲になるというパフォーマンスをするのは政治家と変わらないのかと痛感した出来事です。結局底辺で働く補助員がカットされることに。

 

継続して雇用することや期限無しで・・・ということには出来ないと断られ実質上クビに。悪いことをしたわけではないのに罪人のような気分になってしまいました。

 

大企業へ最後の夢を!正社員への道?

 

 

補助職員とは言うものの公務員の業界であることには違いなく働いた分はしっかりとお給料が貰えていたのでしばらく演奏活動を中心に創作活動に集中しようと決めたのです。

 

本当に決めた途端・・・としか言いようがないのですが問題発生。演奏仲間の分裂やいじめ・・・暴言まで飛び出す始末。演奏活動はボランティアに近い感覚になっていたので演奏団体としては抜けることにしました。

 

個人で演奏活動もしていたのでそれで充分だと思えたのでしょう。

 

やりがいを求めて

 

一方で結局会社という組織でやりがいを見つけるしかない・・・という考えに至るのです。そこで大手企業のグループ会社の求人に応募しました。正社員でやりがいを求められるというコトバを頼りに。

 

1次審査をパスして2次面接の時に「契約社員という形から始まりますが正社員を目指せます」と改めて面接官が言っていたので何が何でも入社してやる!という熱意は伝わったと思います。

 

結果無事採用となりました。大手企業はグループ会社と言っても研修制度が充実していて中堅企業しか知らなかった者としては目からウロコな事ばかり。

 

配属は営業職でした。研修では耳にタコが出来るくらいに成績次第だと教育されたのです。当然のことですが成績次第ということは毎月のノルマが課せられます。

 

営業ノルマの壁を超えてみて

 

研修が厳しいという理由で同期たちが脱落していく中で最後の研修まで残ることができたのも劣悪な環境で働いていた経験が活かされたのかもしれません。

 

とは言っても人生で初めてのノルマ制度というプレッシャーと正社員を目指すという目標で緊張する日々。営業のコツを見出してからはノルマ達成と成績トップを維持しつづけました。

 

完全にトップを独走していたので社内での表彰も何度か受けることができました。正社員への打診もあり出世への階段が見えてきたのです。

 

行く手を阻む者はいつでもどこにでも現れる・・・。ある日突然のパワハラ攻撃開始に驚きと困惑しかありません。モラハラもひどく手のひらを返したような上司の態度には唖然。

 

究極のパワハラ体験

 

成績が良いことへの称賛は一切無くなってしまいました。「お前なら出来て当たり前だろう」雰囲気も自然にピリピリムードになって益々頑張らないといけない雰囲気に。

 

でもどんなに頑張っても足りないのです。新しい営業の手法を見出すといとも簡単にマネされ新しい企画を考えると簡単に盗まれました。手柄は上司やグループ会社のものとしておさまったのです。

 

同時に長引く不況によってグループ会社の存続問題も発生。結局正社員の話は立ち消えになりました。何もかも失った気分です。それでもパワハラは終わりません。

 

閉ざされた正社員への道

 

目標を失ってやる気が出なくなり成績がどんどん落ち込んでいくと上司の暴言や説教がひどくなっていきました。なんとか耐え抜いてはいたのですが突然朝動けなくなり・・・。

 

身体の状態は完全に壊れた状態になってしまったのです。

 

転職の果てに

 

 

転職をしたことで得たものはあったのだろうか・・・未だに考える時があります。転職した先で前職での経験が役に立つことがあったのは確か。でも何が手元に残ったのでしょう。

 

残念無念な記憶だけしかないような気さえします。もう人生が終わった・・・とさえ思いました。一生懸命生きてもムダで生きる気力は燃え尽きたような感覚です。

 

燃え尽きた先に見えてくる?

 

いろんな会社組織や職種を経験してきたけれど結局のところ組織というものの中で共通することは・・・立ち居振る舞いが重要であることを知ったのです。

 

どこに属していても浮いた存在感があってどうにも馴染めない悩みがありました。人と違うことは嫌いじゃないですしむしろ人と違う我が身を振り返り満足していたのです。

 

今は自分自身が一体どの方向に向かっているのかわからない状態と言えます。完全に見失ったのかもしれません。

 

まとめ

 

転職の経験を振り返ってみて冒頭の部分と照らし合わせてみると・・・確かに一度転職すると一生転職組になるというのはあながちウソではなさそうです。

 

ただし転職組だからといってむやみやたらに回数を増やしたワケではないこと。それにそれぞれにタイミングや理由が存在したことは転職回数だけで判断できないと感じます。

 

1つの会社組織で一生過ごすのも善し悪しでしょうし自分自身を見失うほどにこき使う必要はないのです。適度に生きても良い時があるはず。それを現在模索中。

 

生き方は人それぞれです。だからこそ生きることは難しく人生に課題が多く残されると思うのかもしれません。これから転職組としてどう生きていくのか・・・。

 

極端に言ってしまえば人生を一度やめてしまおう・・・と思った地点からの復活スタートを目指すのです。目指す場所はまだ見つかりませんが明日は必ずやってきます。

 

今は生きるしかない・・・生きなければ始まらないのです。何度も転職して挫折したりしている者が言うと説得力に欠けるかもしれません。ただ生きることがまず大切だと考えます。

 

逆にいろんな業界を見てきた中での失敗や経験なのでまずは同じ繰り返しは起こらないでしょうし。原点を探すためにも良い振り返りができたのではないかと考えます。

 

この記事が少しでもお悩み中というあなたのお役に立てたなら幸いです。

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