ブログで綴る恋愛依存症の実態!AC(アダルトチルドレン)の特殊な恋愛傾向ってどんなもの?

私の過去の恋愛はAC(アダルトチルドレン)による特殊なもの、という感覚はありませんでした。周囲とは一線を画すダメ恋愛をしてしまうのも無意識だったのです。

ダメ恋愛とは相手に完全に依存したり、極端に最低な恋愛関係になってしまったり。ACは毒親に育てられることによって愛着障害を引き起こしてしまうのです。

  • 愛着障害の人って?

この世に生まれて自我が芽生えるまでに両親からの愛情を与えてもらえなかったタイプのこと

愛着障害や家庭不和と密接に関わるACの恋愛傾向とはどんな関係を望んでしまうのでしょう。ACならではの恋愛依存の傾向を実体験とともに考えていきます。

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AC(アダルトチルドレン)の恋愛傾向は連鎖する

今まで、ごく自然に恋愛を経験してきたと思っていました。実際それは思い込みで、恋愛依存の現実を知ってしまったのです。恋する相手に異常なくらいの依存をしていたなんて。

本当かウソか、両親の恋愛結婚という形

母親が結婚したことを未だに後悔していて話題に出る度に「騙された」と言います。最初は適当に聞き流したり作り話だと思っていました。

でも物心ついた時から言い争いを繰り返す両親を見る度に恋愛結婚だったと言い張る父親に疑念がうまれはじめたのです。

  • 父親が超マザコンだった
  • 父親は外面だけが完璧なタイプ
  • 父親は貧困家庭コンプレックスだった

私が理解できるようになったのは親戚らの集まりで大人の会話が聞き取れるようになってから。そしてACについて学んだことも大きく影響しています。

騙されたとお互いに主張する両親に違和感があったことも共にACだったからです。でも見方を変えてみれば、お互いに依存する傾向から相互が一致しての自然な形だと言えるでしょう。

あらゆる恐怖症がうまれる仕組み

ACである私自身は恋愛結婚だと主張しながらも常に不仲である両親を見て育ちました。そのため恋愛恐怖症になってしまい後々苦労することに。

父親からは日常的な暴力や暴言を受け続けたことに加え、日常会話から子どもにとっては大切な話でさえ全てがウソだったという状況から全く信用できなくなりました。

同時に男性恐怖症になったのは、この世に生まれて初めて出会う男性が父親であるという当たり前の環境が歪み切った人物だったことが多大に影響しているのです。

家庭不和という状況に毎日のように巻き込まれていたので結婚への希望も無くなり結婚恐怖症に。無事に大人になったことが不思議で仕方ありません。

毒親に楯突くことは絶対許されず何を言っても会話が成立しないので、人間不信に陥った挙句対人恐怖症になりました。あらゆる恐怖症は生きていく上で私自身を苦しめたのです。

恋愛依存への入り口

あらゆる恐怖症を満足に克服しないまま、なぜ恋愛ができたのか疑問ですよね。ACの特徴でもある怖さからの逃避行や依存体質が関係しています。

ツラい経験をするために、わざわざ自ら飛び込んで傷つき体験を繰り返すのです。そして更に自らの傷口に塩を塗り込むような行動をとるようになるのもACの特徴なのです。

両親に愛されなかった寂しさに怖さが重なってツラい過去に振り回されているんですね。私はACの他に発達障害の傾向があるので少し恋愛観も毛色が違うと無意識の中で感じていました。

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ACの恋愛パターン

異色な恋愛ばかりするのかと思えばウラのウラをめぐって結局普通の恋愛に至る事もありましたが。依存できる相手だと判断したときは何もかも独占したいという気持ちになります。

得意技は七変化

恋愛感情は正直なところ常に冷めている状態です。そのおかげでクールな女性として装うことが出来るようになり、それが特定の男性としてはハマるポイントなんだとか。

場面ごとで必要なシュチュエーションを演出したり相手の気持ちを察知できるのは、感受性の強さと不仲な両親が反面教師になっているからでしょう。

残念なことに、ほとんどの恋愛の行く末は結局ひどい振られ方をしたり散々な目にあったり、逆に別れたいという意思を伝えることが引き金になり引き離そうとするほど修羅場になることも。

ACの恋愛傾向

インナーチャイルドとは自分自身の中の小さな子どもの存在のことです。大人になってもココロの成長が止まっている状態だとあらわれます。

AC(アダルトチルドレン)と密接に関わっているので恋愛においても特徴があります。年齢差に関係なく親になったような感覚に陥る親代わり恋愛もその一つ。

相互依存にも良しあしがありますが、依存のポイントが合致すると恋愛としての形が成立します。この場合は恋愛する相手にもACの可能性が考えられるのです。

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依存の正体

一方だけが依存する場合もありますが、それは実際には隠れ依存のようなものでお互いにバランスを取りながら恋愛をしていると言えます。

感情より依存を優先してしまう

アンバランスな恋愛対象に違和感がないのも依存している影に隠れて見えないのです。本来ならお似合いだと言われたいのが恋愛男女の心境。でもアンバランスなので秘密の恋が多いのです。

妻子がいるけれど離婚話が出ているタイプに出会うと可哀そうだと同情したくなるんですね。私は断れないタイプなので同情のままで始まる恋愛関係もあります。

恋愛関係になってはイケナイのに、あえてそのようなタイプを自ら選んでしまうことも多々あるのです。正常だとは言えない関係を求めてしまうのは、まるで自傷そのもの。

恋愛依存対象者

依存される時も依存する側の時も常に両極端になりがち。人に依存するのでパラサイトタイプかと思っていましたが、原因はACだったというワケです。

恋愛対象となったのは以下のようなタイプが大多数を占めます。

  • 完全に服従させるタイプ
  • 暴力や暴言で支配するタイプ
  • ナルシストタイプ

ダメだと思えば思うほどに惹かれてしまうのです。頭のどこかでストップをかけてみることも試みるのですが、キケンなタイプほど相互依存という恋愛関係になりやすいのです。

恋愛する相手として意識してしまうのは

今までに恋愛関係だと認識している相手には以下のようなダメ人間特有の特徴がありました。

  • 浮気性
  • 暴力的
  • 束縛すること

歪んだ恋愛願望

通常ならば恋した人同士、お互いがそれぞれに思いやりを持つような信頼関係を育んでいくものです。少なくとも私の周りのカップルは信頼がベースとなっていました。

私は感受性や観察眼が発達していたせいか、恋に関する一般的なことや理路整然とした恋愛論を語る事を好んでいました。一方でそんな当たり前の恋愛願望は無かったのです。

例えば浮気性タイプに対しては移り変わる感情をコントロールすること自体を恋愛に置き換えたりするのです。ある時は暴力的な反面束縛に執着するタイプに魅力を感じました。

基本的に変幻自在で先が読めないような相手を好んで選ぶのです。手に入れるまでの過程がコントロールが出来ない相手ほど、のめり込んでしまいます。

求め続けるのはダメ人間

私にとってイケメンは大の苦手分野。何もかもレベルが高いというような理想のタイプや女子が萌えポイントとして見るツンデレタイプもあえて選びません。

以下のように本当にどうしようもなく救いようのないタイプをあえて選んでいたのです。

  • 莫大な借金がある
  • 常にストレス爆発モード
  • 離婚調停中の既婚者
  • 20歳以上の年の差

一般ウケするタイプとは言えないような、むしろそんな相手を紹介されたら絶対に断る!という相手を探し求めていました。そして立場的にも対局にあるタイプを求めたのです。

アブナイ関係が大好物

常に綱渡り状態といった不安定に安心感を覚えるのです。安定したいと言う気持ちが怖いからでしょう。安定は常に破綻するという恐怖が付きまとうからです。

漆黒の世界に理想の恋愛を重ねる

恋愛傾向としては常に不安定を楽しみつつアブナイ関係が大好物といった感じでしょうか。ACの特徴として白か黒かの極論に走りがちな面が恋愛にも影響しています。

白か黒か、YESかNOかの極論で中間という概念が全く無いのは機能不全家族で毒親に育てられた環境が作り上げた人格なのです。

ACってなぜ白黒つけたがるmust思考なの?について書いた記事はコチラ 

実体験から見る恋愛への影響

私の友人たちは家族を鏡として見る理想の夫婦像や恋愛観がありました。私には完全に欠落した感覚なのです。友人たちの世界は所詮隣の芝生だと思い込んでいました。

誰にでも訪れるモテ期の過ごし方

正統派のような恋愛を夢を見ることもありました。でもそれは、かすかな憧れにすぎません。恋愛は執着だと解釈し更に異常な妄想にかられるように。

そもそも人を好きになる感情がどんなものか理解していないのです。相手の都合でいいように利用されることがモテ期の始まりだったと記憶しています。

幸か不幸か、こんな私にも訪れたモテ期には、恋愛感情がわからないので相手とのズレを感じつつも恋愛自体には憧れを持つようになりました。

恐怖からの拒絶と受け入れの混在

同時にモテることを実感する度に、男性恐怖症だという記憶を無理やり引っ張りだされることになったのです。一生に1度あるかないかのモテ期なのに恋のタイミングを逃すことも。

なぜなら不仲の両親から学んだ恐怖が理由となり拒絶感が強く出て非常に困った事態になりました。なぜモテるのか理由さえもわからないまま相手を遠ざける術を身に着けていきます。

このままでは満足に恋愛も出来ないと将来を悲観し始めます。そして拒絶と受け入れの混在から生まれた恋愛観は世間と逆行したダメ人間タイプを求めるようになったのです。

空虚な恋愛遍歴

ダメ人間大歓迎!と同時に来るもの拒まずというスタンスにつながっていき時には自ら火の中に飛び込んでいくことも。一夜限りという流れ者になっていくのです。

破壊的なワガママ

繰り返す無謀な行動は恋愛感情を育むどころか逆に作用。あふれ出てくるのは豊かな感情ではなく、ただ空虚な涙だけでした。なぜ自らを破壊したくなるのかが分からないのです。

破壊したい衝動が抑えられなくなるという地点に落ち着いたモテ期には相手を利用することを覚えていきます。悪い感情をぶつける相手を選び続けました。

この行動は、いつも条件付きで子どもにモノを与えるという親の習慣が裏目に出たのでしょう。次第に条件付きの恋愛に繋がっていくのです。

苦しみの果てに

恋愛対象となる相手が求めることには全て応じるという姿勢を貫くように。それと引き換えに私自身のワガママという無意識の条件が徐々にエスカレートしていくのです。

同年代の相手では対処できないくらいに金銭面などの問題に巻き込み、相手の感情を揺さぶり振り回し続けるのです。その間一度もワガママだという自覚がないのが問題。

明らかに恋愛している相手が苦しんでいるのです。苦しんでいるのを傍で見ているのは平気でした。むしろ苦しんでほしい気持ちが大きくその先に別れを連想させるのです。

見せかけだけの正統派な恋愛論

実際に別れをチラつかせるという小ワザも覚えていくのですが、本心を明かせば大恋愛をするまではウワベで恋愛論を語っていたのだと気が付くのです。

異常に発達した感受性

毒親に機能不全家族といった生い立ちのせいにするわけではありません。ただ振り返ると生い立ちとリンクする場面が、あまりにも多すぎますね。

幼少から思春期に感受性が育まれ大人としての感情が形成される頃には、ひとつの「個」が出来上がっています。それを後で修正や訂正したりすることは不可能なのです。

結局のところ大恋愛を経験するまでは恋愛らしい恋愛をしたことが無いも同然でした。恋愛論を得意げに語ることはあっても歪んだ人生論を派生させたような形に。

イタズラなキューピット

私の世話焼き体質のせいなのか見た目の問題なのか恋愛相談を受けることが多く異性の友達もいました。親が期待する子どもの気持ちを弄ぶ感覚で異性の友達をも振り回していました。

友人を持ち上げる事も得意で表面的には親切で優しいキューピットとしてカップルを成立させたのです。彼らにとって本当の狙いが彼女たちではないことを知りながら。

彼女に満足できない悩みや愚痴を聞く度に、彼らの話は私の優越感に繋がっていくのです。不思議な感覚の中、戸惑う彼らを操作するのはラクなことでした。

深層心理など専門的な事を全く知らない頃で、ほぼ本能だけで生きている状態。彼らに本当の理解者はお前だけだと言わしめることで彼女たちに勝利したと満足感を得ていたのです。

適齢期に求める安定感は皆無

いわゆる結婚適齢期に差し掛かると家庭という安定を求める男女が急増。良き理解者である私という存在よりも安定して安心できる彼女たちを選んで友人たちは去っていきました。

歪んだ恋愛全盛期へ

結婚適齢期と言われる時期に見事に年貢を納める彼らが増殖するのを見て吐き気を覚えたのです。歪んだ見方をしていた事には全く気付かないまま。

直感で同類の人間だと嗅ぎ分ける事ができるようになったのは、それから数年後のこと。物理的な距離も年齢が離れていてもココロがつながっていると思える相手に出会いました。

自ら大恋愛だと思えたのは初めてのことでした。何もかも全てを捧げたいと思い実際に行動にうつすようになっていきました。彼の無理難題に応えたいと思ったのも初めて。

愛着障害のなせるワザ

歪んだ恋愛観に気付いたのは相手の言動からでした。最初は少しの違和感から始まり、そのうちに異常な執着に気付くように。二人の時間は刹那的でどこまでも転がり落ちる感覚です。

孤独という溝を埋めるためだけに、その時間を過ごす。そんな私に合う相手とは日頃のうっ憤を晴らすだけの関係にも見えました。既に疲れて、もう何も考えたくなかったのです。

相手が考えてくれれば、それで良いと言うだけ。全てのことに従順になることで成立するなら、これも一つの恋愛なのだと、どこか空虚なまま納得させていたのです。

まとめ

結局恋愛とは個々の考えに基づくものです。レベルが高いとか低いとかの問題ではありません。いろいろな形があっても良いんですね。

ただし間違っていることに気づいた時には、既に軌道修正出来ない状態になっている場合が多いのです。それがACの特徴的な恋愛傾向だと言えるでしょう。

後戻りできなくて歯止めがきかないほど、どこまでも転がり落ちていくのです。長く果てしなく続く下り坂トンネルのような恋愛は深くなるほどにダメージが大きいのです。

だからといって性格や志向に反する恋愛を推奨するワケではないのです。スリルや冒険心を刺激する恋愛も人生に1度くらいはあっても良いのかもしれませんが、ほどほどに。

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