2018-11-22

痩せていた過去に執着してない?ぽっちゃり女子の未来は明るい!

働きすぎで「骨カワ スジ子さん」と呼ばれていました。他人は、うらやましいと言います。でも、太れないという悩みはツラいもの。その後ぽっちゃり女子になりました。

 

 

どんな変化があったのか振り返ってみます。

 

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ダイエットって必要?

 

ブログでダイエットについて書いている人って沢山いますね。若い時は痩せていたとか産後太ったとか。そういう記事で、ちょっとビックリしたことがあります。

 

過去に戻りたいですって?

 

もともと痩せていた、というタイプのダイエット記事でした。食べても太らないから自由な青春時代だったとか。でも結婚した後に太っていったというんです。

 

ダイエット記事って体験談から書いていますよね。実際に太ってしまったから痩せたいという気持ちが書いてあります。ダイエット記事って本当にたくさんありますから一概に傾倒しているワケでもありませんが。

 

全ての記事を徹底リサーチしていないので偏った考えかもしれません。でも、つい思ってしまったんです。「え?それってちょっと・・・」なんて思う記事がいくつかありました。

 

ダイエットしなくても・・・

 

世の中でダイエットしたいって悩みがある人はいるでしょう。想像以上に痩せたい!って切望している人がいるかもしれません。個人的に、そういう人が読んだ時のこと考えているのかな?

 

ふと、そんな疑問がわくような記事だったんですよね。批判は、しないです。個人の考えですから痩せたいと思って書いた記事なんです。だから批判は、しませんけど。

 

冒頭からの流れは、こんな感じで記事がはじまていました。

 

「痩せていたのに、太りました」
「今の体重は、〇〇kgです」
「〇kg痩せました」
「もっと痩せたいです」

 

悩みなんてなかった?

 

もともと痩せていて悩みなんてなかったからこそって言ってます。痩せている人には悩みがないなんて言い切ります?ちょっとだけ悲しくなりました。痩せてた頃は悩むことがないなんて「ウソ」だと言いたいんです。

 

モデル体型だねって言われて嬉しいですか?それって、パリコレのスーパーモデル並みだってことですか?要するに体に凹凸がないってことなんですよね。

 

いわゆるモデル体型だっていう言葉は誉め言葉だとは限らないんです。

 

痩せの苦悩?

 

モデルに憧れる人なら嬉しいかもしれませんね。でも「ガリガリ」って言われて嬉しいんでしょうか。「もうちょっと太ったら?」って言われて悩まなかったんでしょうか。

 

正直、痩せていることは罪じゃないです。でも「太った方がいいよ」なんて、ほんと余計なお世話ですよね。だって太りたくても太れないんですから・・・。ジャンクフードに走ってもダメだったんです。

 

動き回るのが良くないのかと思ってデスクワークに集中したものです。内心、痩せ体型がいいのか悪いのか、わからないものなんです。

 

モテ期の問題?

 

確かにモテ期はやってきました。でもそれって実は適齢期なるものと重複する期間でもあります。ただ適齢期だと言っても現代社会においては意外と幅広い年齢層だと言われる昨今ですけど。

 

大多数の女子が経験するモテ期って結婚につながったりしますよね。実は、いろんな要素が「偶然かのように」重なる時期なんです。太りたいけど太れないっていうのは、ある種の問題だって思うんです。

 

「うらやましい」なんて言われても。実は本当に健康じゃなければ「ありがたい」なんて思いませんよね。

 

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太って後悔?

 

太ってしまって、すごく後悔してるなんて言わせません!太って良かったんです。太ったことを受け入れて喜んでみましょう。

 

ぽっちゃり女子って素敵!

 

ぽちゃ女子にはメリットがたくさんあるんですよ。ぽっちゃりって実は素敵なことなんです。少なくとも痩せ女子 ⇒ ぽっちゃり女子に変貌してみて実感してます。

 

実感できるほどメリットがあるのに痩せ子さんに戻ろうなんて今更思いません。後悔だとか捨て台詞的な要素はこれっぽちも配合されておりませんので、あしからず。

 

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痩せ子の残念時代

 

食べても食べても太らなかった頃は悲しいことばかりでした。悲しすぎてとうとう体調を崩してしまいました。痩せていると抵抗力も弱いのでしょうか。体調を崩してまで痩せていたいとは思わないのです。

 

テキトーがモットー

 

太れない事情は、確かにありました。十分に裏付けになるようなことです。とにかく早朝出勤から一日が始まります。そして終電ぎりぎり夜まで残業の毎日です。

 

睡眠時間なんてまともに取れなかった記憶が鮮明に残っています。とにかく眠れないんですから。通勤電車が唯一の睡眠時間みたいなものです。本当にテキトーでした。

 

食事も当然ながらテキトーでした。深夜に自宅に帰ってからお腹がすいたことに気が付きます。冷凍食品のストックをレンジでチンしてコッテリ食べていました。

 

カロリーなんて気にしません。終電前にファストフード店に立ち寄って「ダブルで夕飯」の日も。そんなことを繰り返しても、まったく太る気配さえありませんでした。

 

ギスギスとケチケチ

 

何が悲しかったのでしょう。何がむなしかったのでしょう。今考えても不思議です。早朝から深夜まで、とにかく働くことで生きてる実感を得たいと思っていたのでしょうか。

 

酷使しないと生きている意味が無いなんて思っていたんでしょうね。痩せているときは、とにかくギスギス感がすごかったです。痩せていると常にケチケチした考えが渦巻いていた感じ。

 

ぽっちゃり女子になった今、考えてみると不思議です。そんな感情は、わきおこらないからです。でも、これはあくまでも個人的な視点であり率直な感想なのです。

 

やむを得ないケース

 

体調を崩してしまって、ゆっくり休む時期がありました。体調を崩したことによることと年齢的に太りやすい時期が重なりました。ゆっくり休む間に体調は整っていきます。

 

食事は1日3食きちんと食べるようになりました。夢にまで見た健康的な生活です。朝起きて夜きちんと眠ることができるようになりました。不愉快な夢を見て飛び起きることなんて無いワケです。

 

そのうちに3食以外にちょっとしたスイーツも食べられるようになりました。スナック菓子は痩せていた時に大量に摂取していたので変化なしです。本当にゆったりと体重が増加していくんですね。

 

健康に向かうって、ゆっくり体が元通りになるようにごくごく自然な流れでした。

 

慌てず受け入れたこと

 

最初はキツイかな?という程度でした。でも間もなく「服が入らない」という事態になりました。当然のことです。今更、慌てても仕方がないんです。正しい食生活を振り返って褒めてあげたいくらいです。

 

確かに過去モデル体型だと言われ続けてきました。サイズはトールなのに、XSサイズでOKでしたから。今考えてみても、おかしな体型だったと思いますよね。

 

ニットやジャージなどの伸びる素材のものは着ることができます。でも綿素材や伸縮性のないアイテムはお気に入りであっても処分です。もちろん売れるものは売りに行きました。

 

季節の衣替えならぬ総入れ替えです。4シーズン全て見事に着られなくなったんです。

 

共通しない「ゆるふわ感」

 

体型が変わったことで服の好みは変わったのでしょうか。基本的なスタンスは相変わらず変わりません。もともと可愛い系だとか「ゆるふわ系」が苦手でしたから。

 

どちらかというと、ちょっぴりメンズっぽいアイテムが好みです。「ゆるふわ系」が好みだったら、きっと大変だったとは思いますね。痩せ子時代にメンズアイテムを無理に着こなしていました。

 

痩せているので根本的な問題にぶつかります。それは肩幅です。ところが、ありがたいことに肩回りにぜい肉がたっぷりになりました。肩回りが「ふっくら」したことで着こなせるんです。

 

これは一番嬉しいことでした。痩せていた頃の「ゆるふわ系」女子ではなかったワケです。なので過去に執着したり記憶を掘り起こすことはありません。お店で選ぶ服を間違えるなんてこと、あり得ませんでした。

 

むしろメンズライクな生活を送れるようになったんです。開放的かつ自由な気分で過ごせる日がくるなんてハッピーですよね。

 

まだ褒められたい?

 

とあるダイエット記事は痩せ子時代に執着しているように見えます。執着ポイントだと思う項目は以下のとおりです。

 

  • 太ってしまって、恥ずかしい
  • 太ったことで、夫が褒めてくれなくなった
  • 太ったことで、何をするのも億劫だ

 

きれいだねって言われたいですか?きれいになれる方法なんて体型以外にもたくさんあるんですよ。お店に行って似合う服を探すだけなのに周囲を気にしすぎだと思います。

 

特に、店員さんの目線だとか、なぜ社交辞令に過敏に反応するんでしょうか。店員さんは主観で物事を言っているだけなんです。似合わない服だって売らなければいけない立場ってこと忘れてませんか?

 

売り上げのために頑張っているんです。そういう意味で必死な店員さんに褒められたいですか?お世辞だとわかっているのに洋服を買うことで優越感に浸りたいですか?

 

それは、ちょっと違うと思うんですよね。

 

幸せって平凡で非凡なもの

 

他人に家族にどう見られたいのかなんて、あなたが決めることでしょうか。他人に褒められ認められる職業についているなら、ともかくです。常に緊張感をもって見られることを意識しないと生きていけない人。

 

それってモデルさんや女優さんの視点ですよね。とある痩せ子さんから、ぽちゃ子さんに変貌した人の話です。結婚をしました。子供にも恵まれました。そういう平凡な人生を送る人ほど他人の視線が気になるんですよね。

 

平凡だから刺激がほしいとでも言いますか?平凡の幸せって、どのくらいスゴイことなのかご存知ですか?幸せ度が100%なのに、なぜ150%を目指そうとするんですか?

 

平凡な事ほど非凡なことはないんです。毎日の幸せを改めて認めてみませんか?幸せをかみしめながら生きられる素晴らしさに気づいてほしいんです。

 

大きな勘違い

 

痩せ子さんの時に「脚がキレイ」って褒められましたか?でも、それって痩せていて肉付きが悪いってことかもしれませんよね。勘違いしているんじゃないかって思うことがあるんですよね。

 

いくら太ったとしても手足の長さが変わるわけじゃないんです。「脚長すぎ」とか「腕が長すぎる」って言われた人は別ですけどね。痩せていたけど太ってしまったから悲しいですか?

 

ちょっと待ってください。身長から割り出す標準体重の範囲内で振り子のように揺られているだけです。太るという概念を持つのは個人差があることでしょう。

 

健康的に太るということは、どういうことでしょう。今回言いたいのは推定30~40キロ未満の体重が増加することに注目なんです。身長が平均か高いくらいなのに60キロになったくらいで大騒ぎすることでしょうか。

 

例えば、ぽっちゃり女子専門のファッション雑誌を見てみましょう。体重を公開しているモデルさんたちって100キロ越えですよね。それでも、とっても素敵に着こなしています。

 

笑顔も最高ですよね。ただ太ったことでたいちょうが体調が悪くなってしまった場合は注意が必要ですよね。その時に、それ以上太らないことを目指せばいいんです。

 

そのプライドって必要?

 

旧友に会うことを、ためらいますか?それは、どうしてでしょう。プライドではないでしょうか。そのプライドは必要ですか?旧友に、なんて言われたいんでしょう。

 

きっと言われたい言葉があるんでしょうね。

「変わらず、若いね」
「変わらず、痩せてるね」
「変わらず、美しいね」

そう言われたいから痩せたいって思うんですよね。でも、それって自分自身のためでしょうか。本当は聞きたくない言葉があるからためらうんですよね。

 

「なんか、変わったよね」の一言を恐れてませんか?昔の痩せ子さんしかしらない知人に会うことを迷ったりするなんて。平凡で幸せな主婦のちょっぴりズルい心境を垣間見たような気がします。

 

素敵な太り方

 

太っていく過程で戸惑うことはあって当然でしょう。でも痩せ子さんだったからといって戸惑いを履き違えていませんか?。例えばダイエットの仕方がわからない。

 

痩せ子さんだったから、という理由で戸惑いを無知だと表現すること。それって、なんか違うと思うんです。幸せ太りだからこそ言えちゃうんでしょうか。

 

幸せの自覚がない人には、ちょっぴり辛口かもしれませんけど。太ることへの罪悪感なんて持つ必要なんてないんです。ダイエットの方法を知らない!なんて豪語してほしくないんです。

 

元来のぽっちゃり女子だった人たちに信じられない事を言ったりしてます。痩せ子さんだから元祖ぽちゃ子さんとは違うんだとか。元祖ぽちゃ子さんは痩せ方を工夫しながら生きてきたという説。

 

それって完全に決めつけてますよね。ちょっぴり見下し感も見え隠れしますよ。そうだとしたら失礼ですよね。元来のぽっちゃり女子は、それなりに悩んでいるんです。

 

痩せ方を知っている?とんでもないです。彼女たちだって試行錯誤していて失敗を繰り返しているんです。ちょっと太ったから自在にコントロールできるように見えますか?

 

とんでもないですよね。自在にコントロールできていたら、とっくにスーパーモデルやってますよ。

 

ぽっちゃりって個性

 

太り方って、いろんなタイミングがありますよね。時期だって、それぞれです。だから、ぽっちゃりに関しては「個性だ」って言いたいんです。気が付いたら10キロオーバーなんて「あるある」なんです。

 

痩せ子さんだって、ぽちゃ子さんだって「個性」なんですよね。それなのに過去の痩せ子さんに執着している人って同じような事を言うんです。まるで過去の痩せ子さん時代は栄光の日々だったとでもいわんばかりに。

 

そんな発言を目にすると「没個性」に徹しているようにも見えます。個性って素敵なのに、とっても残念な気持ちになりますね。痩せ子さんの、もうひとつの「没個性」を見つけてしまいました。

 

痩せ子さんあるあるで太ってもすぐ痩せるとか、すぐ元に戻るとか。そんな気持ちになるなんて自信ですか?自慢ですか?それって、うぬぼれって言ったりしませんか?

 

痩せていた時の記憶を美しき象徴だと思っているからですよね。だから、いい加減そろそろ痩せないと、なんて思うんですよね。どーんと構えられませんか?

 

「没個性」の人が太った!という内容を見ると言いたくなります。「いやいや、それは標準の範囲内ですってば」どこが太ったと言いたいのでしょうか。

 

ぽっちゃりの基準?

 

じゃあ、どこからが太ったということになるんでしょう。例えば痩せていた時と比較して50キロオーバーというのはいかがですか?限りなく限定的に考えてほしいものです。

 

10キロ太ったから、というのは誰しも経験しうることなんです。本当に悩んでいるのかどうか疑わしい、なんて思ってしまいます。標準体重をオーバーに表現しているだけなんです。

 

太った、またちょっと太ったなんて言われても。ダイエット記事にされても説得力ないです。標準体重範囲内でダイエットが続かないというのは贅沢な悩みです。

 

なんだか痩せる気力がないことをアピールしているって見えます。キレイな女性っていう基準はどこからどこまでなんでしょう。案外女子にありがちな歪んだ基準だったりしませんか?

 

歪んだ考えを公開して楽しいですか?うらやましくもない内容を読まされる立場になってみてほしいです。

 

まとめ

 

健康が一番です。なにより最優先事項ですよね。まとめに言いたいことは、ぽちゃ子さんの未来は明るいということなんです。

 

  • ダイエットにこだわらないこと
  • 痩せていた過去に執着しないこと
  • 痩せ子にも残念バージョンがある
  • 太ったことを認めてほめてあげよう
  • 洋服の好みは見た目じゃなくて個性
  • 平凡で非凡な幸せを認めよう
  • 太ったときに勘違いをしないこと
  • ぽっちゃりにプライドは不要
  • 太るって素敵なこと
  • ぽっちゃりを没個性にしない
  • ぽっちゃりの基準がある

 

コンディションがベストなら、ぽっちゃり女子ってアリなんです!

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