2019-07-09

この恋を最後にしよう~彼女が突然ボクの目の前に現れたあの日のこと

人はなぜ「恋」をしてしまうのでしょうか。そして「これが最後の恋だ!」と思ってしまうのは「なぜ」なんでしょうか?恋物語にも沢山の種類がありますね。

恋愛相談を頻繁に受けていた私ですが。ステキな恋は「隣の芝生の美しさ」?意外にも現実を直視しているのは男女の比率に正解は無いようです。

悩ましい男女がそれぞれに自己と向き合う姿。数々の相談の中から特に印象に残った「恋物語」をカレ目線で綴っていきます。今回はちょっぴりオトナの恋のお話です。

スポンサーリンク

なにげない一日の終わりに

「いらっしゃいませ」

店長の声が聞こえてきたのは、店の奥のデスクでボクが仕事を切り上げようとしていた時だ。今日はお客さんも少ないし「そろそろ店を閉めようか」と別のスタッフに声をかけようとしていた。

少し戸惑ったのを覚えている。デスクの時計に目をやって閉店時間には少し早いかと思いつつも、なんだか妙な胸騒ぎがしていたからだ。

常連客はこんな時間には来ない。いったい誰だ?気の知れた友人ならイヤミのひとつくらいは言ってやろう。そんなことを考えていた時店長がカウンター越しにボクに聞こえるように言ってきた。

「ラストのお客さまです」

ボクは近くにいた別のスタッフに「あ、今日はお疲れさん。表のライト消してきて」と伝えた。

「お疲れさまでした」

着替えを済ませたスタッフはボクに頭をさげてから表の看板を片づけに行った。ボクはお客さまに声掛けだけして帰ろうとカウンター側から店に出るとラストのお客さまは女性だった。

女性はテーブルに置かれたグラスに手を添えたまま視線を向けてきた。その時一瞬だけ「時」が止まったみたいに固まってしまった。

「あ、お客さま。オーナーはあちらです」

店長がボクの方を向きながらなんだかそんなことを言ったような気がしたけど、ほぼ同時に「いらっしゃいませ」とボクは女性の方に向かっていた。

しかも無意識に。この引き寄せられる感覚はなんだろう。この女性のほほ笑みは知らないはずなのに懐かしい感覚。そう、ずっと前から知っていたような。

やっと会えたような気さえした。女性は店長との話を中断したものの楽しい話だったのか笑顔だった。笑顔のままボクを見たのだ。その笑顔は脳裏に焼き付くほど印象深かった。

「こんばんは」

女性は軽く会釈しながらボクをまっすぐ見つめたのだ。そこには何の躊躇もなかった。これほどまでに強いまなざしは少なくとも最近の記憶にはない。

その瞳の奥に引き込まれるようにボクは女性のところまで歩みを進めていた。長い時間が流れたような気がした。でも一瞬だったはず。

まるでスローモーションのようにゆっくりと場面展開していく。そんなワンシーンでお互い見つめ合っていた。

「あの、一緒にいかがですか?」

女性はそう言いながら隣の席をすすめるしぐさをした。無駄のない動きで自然すぎるくらいだった。「お客さま。失礼ですが当店は初めてでいらっしゃいますね?」

ボクはそんなようなことを言ったような言わなかったような。会話を後で思い出せないほどだった。来客に関しては記憶があいまいになるような事は一度もなかったのに。

ボクが自覚できるくらいに会話が浮ついていたことは確かだ。かすかな記憶をたどるならボクの名刺を渡したこと。「また店にお寄りください」とか。

さらには「今から別の店に行くので」そのような話をしたような気もする。後日ぜひ改めて、と言ったかどうかは定かではない。

どのくらい時間が経ったのかわからないくらい。話の内容よりも女性がボクの名刺を受け取って言ったことは覚えている。

「閉店時間に来てしまってごめんなさい」

ボクは「何をおっしゃるんですか」と言いながらも席を立つ女性を引き止められずにいた。

「ありがとうございました」

スタッフが見送りながら挨拶をしているのを茫然と見ていた。そして、その状況をボク自身じゃない客観的視点で見つめたまま目が離せずにいた。

女性は軽く笑みを浮かべながら店を出ていった。

スポンサーリンク

彼女との出会い

ボクは急に我に返ったような感覚に陥った。そして慌てて女性の後を追う形で店を出ていた。「あの差し支えなければ次の店に行くので。近くまでお送りしましょう」

ボクは初対面の女性に声をかけていた。女性は振り向くと少し驚いた表情を見せたがすぐに笑顔になっていた。

「ありがとうございます」

そう言いながらも女性はタクシーを止めようと道路の方を向いていた。ボクは思わず「待っていてください」と言ってしまっていた。この瞬間を逃したくなかったのだ。

「スタッフが来るので一緒に待ちませんか?」別の店のスタッフが迎えにくる予定だった。女性を足止めする迷惑を考える余地はなかった。

でもすぐに思いなおした。「お急ぎかもしれないのに失礼いたしました」ボクはかすかな期待と共に抑えられない気持ちをなんとかおさえつけようと矛盾した感覚が葛藤していた。

女性から意外な答えが返ってきたのはスタッフの車がちょうど真横に留まった時だった。

「そのお店、私も行っていいですか?」

スポンサーリンク

彼女との時間

ボクはいつもならスタッフの隣、つまり助手席に乗るのだが運転席のガラス越しに後ろに乗るという合図をおくっていた。ワンボックスの後ろのドアが静かにスライドして開いた。

「レディーファーストでどうぞ」とボクはにこやかに言って女性が乗りこんだ後に続いた。ボクは送る方角のことも考えずに声掛けしていたことに気が付いて恥ずかしくなった。

その時女性はバッグから名刺を出して差し出しながらボクに言った。

「私こういう者なんです。ご挨拶が遅れてしまってごめんなさい」

名刺には会社のロゴと名前が記してある。「アカネさんとお読みするのかな」と女性に呼び掛けていた。初対面の女性への気遣いは商売柄慣れているはずなのに我ながらヤボだ。

ボクは最大限紳士を演じようとしていたんだと思う。だけど冷静を保とうと努力すればするほどズレた言動を起こしてしまうのだ。

「あ、私もオーナーのことハルトさんってお呼びしても?」

名前を呼ばれた時、ハっと我に返ったような気がした。ボクは珍しく女性の前で動揺してしまったワケがわかったのだ。それは声のせい。

アカネという女性の声はボクの耳を突き抜けて脳天に響き渡ったから。こんなに心地よい声を聞いたのは小学校で淡い恋心を抱いた音楽の先生以来。

ソフトなんだけどかすかにハスキーボイス。ボクはいつまでもその声を聞いていたくなった。スタッフが運転する車が店に到着した。

その後のことは浮足立っていて記憶があいまいになった。「アカネボイス」を聞いていたいから何だかくだらない質問ばかりしていたような気もする。

笑顔で話すその女性はまぶしかった。わかったことはボクとの年齢差はひとまわり以上年下だったのと仕事でこの近くに来ていて明日までホテルに滞在するとか。

ということは帰ってしまうと会えなくなる?「次に仕事でくる時に連絡いただければお迎えに上がりますよ」ボクはなんとか口実が作りたかった。

ボクの過去

ボクはずっと孤独だった。学校から帰ったらテレビが友達だったから。いつからだろう。悪友が出来たしスポーツだって強豪校に進学して勉強より部活が中心だった。

卒業してからはフランスに単身飛んで行って料理の勉強に必死になっていた。仲間も出来たしそれなりに恋だってした。こっちに帰ってきてからは小さなフレンチの店から始めた。

今やレストランやバーなど数店舗の経営者だ。結婚だってしたし子供もいる。それなりに人生を生きてきた感じだった。

ボクがふたたび孤独になる

結婚生活は共同体のような感覚だった。家族のために働くということも覚えたしそれなりに一生懸命だった。でも簡単に結婚生活は終わりを告げてしまった。

ボクはふたたび孤独を味わうことになった。子供は別格だと思っていたけれど進学や就職をしていつの間にか自立していた。必死に働いていたから子育てに積極的に参加したとは言えない。

母親である妻に家のことをすべて押し付けてきた後ろめたさもある。だから家族の経済的支援は惜しまないようにしてきたつもりだった。

離婚を言い出すこともなく仮面家族を装っていた。そう、彼女に出会うまでは。

ボクが人生の岐路に立ったとき彼女があらわれた

店の経営が大変な時もあったけれどなんとか持ち直して維持している。孤独の身にはキツいことだってある。まだ働き盛りだというのにプライベートは充実しているとは言い難い。

商売柄女性のお客さまや取引先とのやり取りで仲良くなって恋人のような存在になったこともある。いい年して家族と顔を合わせるのも気まずいからとマンションに一人で住んでいる。

一人で住んでいるからか自由を手に入れたような気がした。家族に小言を言われることもなくなって程よい距離感がうまれたことでボクの理想に近い家族像になりつつあった。

家庭内別居は確かにツラかった。家に帰る必要が無くなったことで妻であり母親である存在が逆に脅威にも思えるように。だからますます経済的支援でごまかそうと躍起になっていく。

家族という形を維持することはボクにとって正直負担が大きかった。リスクをとっても居住したのには理由がある。言い寄る女性たちを適当に相手することで孤独感を紛らわせたかったのかも知れない。

悪友にからかわれながらも孤独という気持ちを意識的に遠ざけていたところにアカネという女性が現れたのだ。ボクにとっては探しても見つからなかった宝物が突然目の前に現れたような存在。

ボクは働いたり家族ができたり人生をそれなりに充実させてきたと思っていた。店を経営して社長と呼ばれる日々は人生の集大成のような感覚でもあった。

人生の折り返し地点を通り過ぎて、これから家族ではなく新しい人生を選択するのがボクなりの生き方ではないだろうか。まさに人生の岐路に立たされていた時に。

まだ何かが足りないとでも思っていたのだろうか。アカネという女性の存在がボクの人生というパズルの最後の1ピースに見えたのだ。

ボクが彼女を独占したいと思ったワケ

かなり年下の彼女と言えるのかどうか。アカネはその後仕事の有無にかかわらずボクと会うようになっていった。お互いが自然な距離感を保っていたからだと思う。

最初は特に約束をしたわけではないのだが店に来てくれるようになった。ボクが店にいる、いないにかかわらず気まぐれのように現れるようになったのだ。

ボクの心情を知ってか知らずか店長が連絡をくれるから余計に意識してしまう。

「オーナー。今、彼女がご来店ですよ」

連絡を受けるとボクは店に駆け付けた。我ながら単細胞だと思う。「アカネさんのことをね、店長が教えてくれるんですよ」ボクは照れ隠しのつもりで毎回口ぐせのように言っていた。

アカネは相変わらず余計なことは言わない。ただ毎回カウンターの決まった席に座っている。ボクの気持ちが高まっているのを知ってか知らずか微笑んで優しく話してくれるだけだ。

アカネの微笑みを見ているだけでボクは孤独感から解放される。とても不思議な感覚だった。家族である妻にさえ抱いたことのない感覚。

もはや女性として妻を見る事ができないからなのか。ボクの感覚ではアカネという存在が日に日に深く内面に刻み込まれていく気がしていた。

何もかも見透かされているような視線にも。時々遠くを見つめるアカネのまなざしにもくぎ付けになってしまう。職業柄女性との出会いは多い方だ。

実はこの時期にもマンションの合鍵を持っている別の女性がいた。そうだボクは罪深いヤツ。孤独感から来るもの拒まずというスタンスで生きているから。

アカネの存在は別格だと感じている。風のようにあらわれてカウンターに座って待っていてくれるのだ。そして静かに、ただそこに存在してくれるだけでボクの鼓動は飛び跳ねていた。

予告なく現れるアカネに最初は戸惑いがあったのも確か。ただボクは人生をそれなりに生きてきて人を観察することも仕事柄多いのだ。アカネが店に来るタイミングもなんとなく掴めてきた。

ボクなりの観察眼で店長から連絡がくる前にアカネを店で出迎えることも多くなってきた。相変わらずアカネを見るたびに気持ちがたかぶるのは止められないが。

ある日とうとうボクは切り出してしまった。「アカネさんのような女性はモテるでしょう。ボクだったら手放さないんですけどね」少し変な言い方だったかと半ば後悔しつつアカネの横顔に視線を向ける。

「私、ダメなんですよね」

アカネの表情はみるみる曇っていく。「どうしたんですか?ボクのコトバが気に障ったのなら」と言いかけてやめた。なぜならアカネの頬につたう涙を見てしまったから。

ハンカチを差し出しながらボクは何も言わなくても良いと思った。アカネはボクにとって癒しの存在であり続けてほしいと願っていたから何も聞く必要が無い。

アカネの一粒の涙が全てを物語っていると感じたのだ。ボクは心から癒せる誰かを長い間探し求めていた気がする。パズルのピースをはめ込んでいくように。

まさにアカネはぴったりとボクの求める形になっていた。仕事の忙しさにウンザリする時もあったがアカネの顔を見るだけで。共に過ごす少しの時間で挽回できるような気さえする。

アカネはボクにとって欠かせない存在だ。あと1ピース。ボクはアカネをもっと近くで見ていたいし手に入れたいと願うようになった。人の欲というモノは果てしなく厄介だ。

同時に拒絶されるという不安も同時進行していたのだが。ボクの独占欲は不安をもかき消すくらいに大きく膨らんでいた。

彼女を最後の恋にしようと思った

ボクは今住んでいるマンションを引き払うことにした。合鍵を持つ彼女が疎ましくなってきたこともある。そんなことよりも環境を変えたい。

整えたいと思うようになったから。引っ越し先を決めて少しの荷物を移動させるまでに時間はかからなかった。別居すると決めた時から気の向くままに引っ越しを重ねてきた経験からボクはいつも身軽だった。

アカネはとても人当たりが良い性格で店のスタッフにもすぐ馴染んでいた。今までならボクは恋人になる女性をひた隠しにしてきたのだが今回は違う。

ボクにとっては何もかもが新鮮でアカネに会うたびに初々しいとさえ感じるから不思議だ。アカネの魅力はボクがもっと引き出してあげたいとさえ思うように。

一緒にいる時間はしぐさひとつも逃さずにずっと見ていたいから。だからこそアカネという存在が消えてしまわないように気遣うことも増えていった。

不思議と嫌だとも面倒だとも思わない。ボクは年齢的な部分も関係してか衝動的にはならない自信はあった。が、確かに抑えられない気持ちもある。

何かに煽られるような焦燥感にさいなまれることが。アカネを見る度に思うのは彼女のようなヒトはボクの人生の中でこの先二度と現れないだろう、ということ。

アカネはまだまだ若いからボクが独占しても良いのだろうかと葛藤することも。それでもたどり着く答えは手放したくないという感情だ。

これがきっと最後の恋になるのだろうと実感させられる。だから毎日電話するようになった。「アカネさんは今何してるの?」と。

「ボクはね、アカネさんに毎日会いたいんだよ」ある日たまらなく寂しさが募ってしまい酒の勢いから言ってしまったのだ。「そばにいてほしいんだよ」

記憶が無くなるほど酔ってはいなかったが想いをぶつけた。電話の相手を間違えたかと思うほどしばらく何も聞こえてこない。長い沈黙が我慢できないほどだった。

「アカネさん、聞こえてる?」思わず確かめるように話しかけた。

「聞こえてますよ。今日は酔っていらっしゃるんですね」

ボクは今まで理想と現実が交わることなど人生において期待したことはなかった。期待のウラには必ず落胆や後悔が見え隠れするから。でも今回は違う。

アカネのコトバはボクの期待を膨らませる要素がたっぷりと含まれている。それだけではない。アカネに会うたびに一緒に過ごす時間を重ねる度に期待をしてしまう。

そう思う一方でボクはいったいどうしたんだろう。いつもの冷静さを見失いそうになっていた。文字通りアカネに夢中になっていくボク自身も根拠など無く。

ただひたすらに恋焦がれるだけ。こんなに苦しい想いは本当に最後にしようと痛感せざるを得ない。

彼女がボクの隣で微笑むという幸せ

欲張るつもりはない。アカネはまだ若いんだし結婚だって考えることだろう。できれば自由に飛び立てるようにしてあげたい気持ちもある。

同時に反対のことも考えてしまうのだ。ボクはいつでもキラキラしたアカネの笑顔を見ているのが至福だった。ボクの人生そのものを捧げたくなってしまうのだ。

彼女が喜ぶようなことを探すようになり最優先事項になっていた。もう後悔したくない。これがチャンスだとしたらボクは逃したくないのだ。

だから彼女に言ってみた。「ボクの隣にいてほしい」返事を待つ必要は無かった。アカネは相変わらずの笑顔でボクの目の前にいる。傍らに少し大きめのスーツケースを持って。

スポンサーリンク