2020-01-19

物心ついた時から家庭崩壊!機能不全家族をカモフラージュにしてイジメで自傷してない?

小さい時から家族がギクシャクしていて居心地が悪い。友達の家に行って家族団らんに触れ合ったら異空間に感じたことはありませんか?

自宅に帰ったら両親の仲が悪くて現実に引き戻されるんですね。家族としての機能が歪んでいたりコミュニケーションが成り立たないので、家の中の空気が重い。

  • 家庭内で十分に傷ついている
  • 学校や会社でイジメの標的になってしまう
  • 泣きたくても泣ける場所がない

傷ついたココロに対して、追い打ちをかけるように我が身を傷つけるという行為。標的にされるの望み通りの展開だと思っていませんか?

悪循環ですよね。でも受け入れるしかない状況で誰も助けてくれない。いつも緊張していて今にも爆発してしまいそう。

ある程度成長すると次々と発覚するんですよね。不調や不安の元凶が。

そんな困った性質になり果ててしまった経緯と現状を綴っていきます。この記事が新たな気づきになって、悪循環から抜け出してほしいのです。

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物心ついた時には崩壊していた家族

小学校中~高学年くらいになると、家族が不協和音のように歪みを生じていることに気付くかもしれません。それが苦しくて仕方がない。やり場のない気持ち。

マザコンで障害を持つ父親

両親ともに毒親。おまけに病弱なのに見栄っ張りな貧乏家族。父親は事故の後遺症で半身不随からの生還を果たすものの、マザコンぶりがひどかったんです。

父親の実家は兄や姉が沢山いたのですが、一番末っ子で甘やかされた経緯があるからなのか、本来は長男が世話すべき祖母の面倒を見栄とマザコンという理由で父が行っていた時期がありました。

仕事も何度か転職していたのですが当時はバブルという時代が幸いしてお給料だけは良かったのです。それなのに、なぜ貧乏家族だと言えるのか。

祖母や他人が中心の生活

入ってきたお給料は我が家に入ることが無く、基本的に祖母に渡していました。父親が毒親なのは、毒親である祖母からの世代連鎖だったんですね。

ブラック企業なんて存在しない当時は、中卒の父親でも転職した大企業である程度は出世できたのです。今じゃ信じられない話ばかりになってしまいますけど。

狭い一軒家には、家族の他に知り合い程度の家族全員が入り浸っていました。親戚でもないのに週末ごとに家族で別荘に来るかのように過ごすんです。

他人の家族に対して、羽振りだけは良い父親

親戚でさえ家族全員が宿泊するなんてことが無いのに、どこの誰かも分からないような家族全員が家で過ごすんです。食事の時間もお風呂の時間も他人家族が中心。

他人家族の構成としては両親と子供が2人。我が家も4人家族なので合計8人が狭い家にギュウギュウ詰めでした。まともに家族紹介さえしてもらえず、未だに名前もわかりません。

父がそうした他人の子供の面倒見が良かったことだけは覚えています。お小遣いを上げたりオモチャを買ってあげたり。実の子どもには絶対にしないことです。

他人の前で罵倒する父親

私はその頃から潔癖だと自覚があったので、他人のお風呂の後は耐えられる状態ではありません。そのことを父親に伝えると手が飛んできました。

何日お風呂に入っていないのか、というくらいに湯舟も洗い場も汚いのです。とても同じ空間にいられないと、避ける方法ばかり探していました。

他人家族とは最後まで打ち解けることが出来ませんでした。なぜか意味も分からずに、いつもその家族の前で父に暴力や暴言を吐かれていたことは忘れられません。

父親として、大黒柱としては見ることが出来ない

今となっては事故の後遺症による脳へのダメージが影響していたのかも、と妥協点を探してみるのですが。祖母と他人家族を第一に考える父親は大黒柱失格なのは明らかでした。

父親への尊敬という気持ちは、最初から芽生えることは無かったのです。尊敬どころかマザコンぶりを見せつけられていたので気持ち悪くて仕方がありませんでした。

母親の話によれば、他人の前ではイクメンぶりを発揮していたとか。それ自体も信じられず、赤ちゃんの世話をしていたという行為が汚らわしいものだという認識が残ることになったのです。

父親VS子どもの壮絶決闘シーン

毒親でありながらも母親は私の味方をしてくれたのですが。私は父親とのバトルが年々ひどくなり、食器や調理道具など身の回りにあるモノが飛び交うようになりました。

挙句の果てに裏庭に出て大声で決闘する始末。最悪の事態だけは避けようと母親が間に入ってくれますが、闘牛2頭という状態では手がつけられなかったでしょう。

私はココロの中でも血と涙を流し続け、ボロボロになるまでたたかい続けたのです。大人になり父親の後遺症の事情を汲み取り、可哀そうな人だと理解するまで。

子どもが成人するまで離婚はしない、は正解なのか

母親には秘かな計画があったようです。離婚することは結婚当初から決めていたと言います。そもそも母親は実家から結婚を反対されていました。

母親の両親も毒親だった関係から早く自立したかったのでしょう。自立という方法が結婚という方法でしか見いだせなかった母親にも責任があるとは思うのですが。

今だからこそ考えるのは、結婚しないという選択もあったはず。ただ小さい子どもを連れて家出をした時に父親に連れ戻されたと言うので、既に何もかも遅かったのかも。

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いじめられることで自傷していた?

家庭環境が既に崩壊していたので、とても卑屈な人格になっていました。ちょっと変わっていると言われることは当たり前。人と違うと肌で感じていたんですね。

いじめに巻き込まれに行く体質に

小学校の時から鼻につくヤツだったと思います。家での不満をぶつける場所を探していて、無意識に反抗的な態度を取り家にまっすぐに帰らず翌日担任に怒られる始末。

家での常識的な教育はめちゃくちゃだったので、上手に意思表示できず言葉を返すことも反省の仕方もわかりません。今思えば自閉傾向そのものの態度。

わざと対立するような言葉でけしかけたりもしました。結局何がしたかったのか記憶も遠く、意味不明な子どもだったことは思い出せるのです。

いじめられキャラの確立

無口で反抗しない。勉強にも友達としても一緒に行動したり、考えたりすることについていけなかったので異質な者扱いを受けることに。

気分の浮き沈みが激しくクラスメイトの理解も得られることはありませんでしたし、逆にクラスメイトを理解することもできないので、集団行動が苦手だったことを思い出します。

放課後の帰り道に他のクラスの子たちに囲まれることも。対応に困っても家に帰ると、それどころじゃない環境。そしてまた次の日も同じ繰り返しという悪循環。

義務教育課程において自覚していた

どうせ何をしてもイジメられる、嫌われるのだと決めつけていたような気もしますが。実のところはイジメられることで生きていると感じ取っていたのかもしれません。

空気の読めないことを逆手にとって嫌われる行動をしてしまうのも、半分くらいは後悔しつつ残りの半分は分かっていたのかもしれません。

イジメられるのはツラくても瞬間的に注目の的になるという意味で満足していた?そう思える部分も確かに今の性格からも妙に納得できるのです。

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機能不全家族が生み出す人格

母親は父親の悪口を私に吹き込みながら「あんな風になりたくないなら大学に行きなさい」と言うのです。一方では父親が「お前は母親にソックリだからダメだ」と。

両親の不仲の間で

両親からお互いの悪口を聞く毎日。どうして機嫌が悪いのか理由も分からずに、悪口を言いながらイライラ八つ当たり。黙って聞いているのに最後には私が怒鳴られるのです。

父親は特に家庭内では自分以外を奴隷だと思っている節があり、常に見下げる言動をとっていました。悪いことがあると全て母親や子どものせいです。

そうして親への不信感が募っていき、学校や社会に出た時には他人が全く信じられませんでした。人間不信だという自覚は無く、警戒心だけは異常に強かったのを覚えています。

自分を卑下し続けるように

人を信じることが苦手なのに騙されるという悪循環。傷ついたココロはボロボロなのを自覚しているので、他人には厳しく出来なくなりました。

他人からの評価が高くても信じられず、むしろ過少評価をしてほしいと懇願するように。「もっと自信持っても良いよ」と言われても歪めた受け取り方をします。

一方で負けず嫌いな部分も持ち合わせているので、矛盾した行動に。観察眼だけは異常な発達をしていくので、先の不安まで考えが行きついてしまい周囲を疲れさせるのです。

想像力だけで生きるように

親からの暴力や暴言が尽きないので、残虐な想像をしてしまうようになりました。夢なのか現実なのかわからずに消えたいと思うようになっていくのです。

一方で逆のファンタジーな想像も同時進行。今日あった出来事や読んだ本のことを頭の中で加工して装飾して伝えるクセが。空想の世界がどんどん大きくなっていきます。

本当の自分の居場所を探すかのように。消えてどこかの世界に行くとか、完全に自分で作った世界に入り込んだり。現実から目を背けることばかり。

まとめ

もし、少しでも近い、該当するなどの項目があっても決して自分を責めないでくださいね。全ては毒親の仕業なのですから。子どもが家庭を崩壊させることはできませんから。

毒親が連鎖して、親が子どもの人生を破壊するほどになったら。環境の悪い家庭の中で良く生き抜いてきたと自分を褒めてあげましょう。

毒親を持ってしまったことを悲観してばかりの時期だってある事でしょう。でもそれは仕方がないこと。その環境にいる誰もが通る道なのです。

そして、必要以上に自分自身を痛めつけないようにしましょう。と言っても環境が作り上げてしまったものですからね。更には傷を癒す方法には即効性がありません。

癒す時間はツラかった期間の2倍かかると言います。それも医師や心理学のエキスパートなどのプロの元に通った場合のに限りますが。

独学で精神医療や心理学を学ぶ場合は、もっと時間が必要になるかと思います。自分自身の人生なのです。心地よい方向に進むことを第一に考えましょう。

人生は短いようで長いもの。決して焦ったりせずに一歩ずつ前に進んでいきましょう。

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