2018-11-12

ブログの初心者が悩むことって?サポートを受けてみてわかったこと

拝啓、ブログ初心者を支える先輩方へ。先日とても悲しいことがありました。ブログ初心者を指導するというサポート側の立場上とても大変だとお察しいたします。

 

 

しかしながら今回はサポート側の先輩方に読んでいただきたく目的とは違いまして日々増え続けるブログ初心者へのメッセージを発信したいと考えました。

 

ここに悲しいお話を公開するに至ったのには理由があるからです。ブログ初心者で今後サポートを受けよう!と考えているあなたはこんなことが、今後あるかもしれない、という程度にお読みいただければと思います。

 

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ブログのサポートってなんなの?

 

とうとうメールできませんでした・・・。日頃から有難い声掛けを頂いていました。でも、どうしてもサポートについていくことができず落ちこぼれました。

 

ブログの方向性も見失ってしまいました。なにより悲しかったのは伝わらなかったことがあるからです。何度も何度もヘルプメッセージを発信していました。

 

そして、すべてを「相性」というコトバで片づけてしまう大先生まで・・・登場させてしまったんです。ご批判は甘んじてお受けしました。ですがブログ初心者に「寄り添う」という方針をお忘れだったようで。

すべてが、私の勘違いならどんなに良かったことでしょう。

 

ブログ講座あるある問題?

 

ブログという世界の入り口って、とてもとてもと~っても広いです。簡単に「いらっしゃいませ」といってくださるんです。さらにはブログ初心者のための講座なるものが用意されています。

 

それもブログという入り口に立っただけで沢山のチラシが配られるんです。教材、ブログ指導、サロン、講座など。沢山の窓口があって迷います。でも確かなことはわかりました。

 

何も知らない初心者として、新たなブログの世界には必要不可欠な行先案内人の存在です。

 

悩み

 

私は、ひとつの教科書にたどり着いたんです。初心者としてブログを先導してくださる存在には感謝の日々でした。ところがある日ブログの方向性を見失いました。

 

いつも通り困ったので助けて欲しいと伝えました。何度か困った時にはサポートしてもらえたので今回も、と期待をもっていました。信じていたからそう思ったんです。

 

ただ悩んでいるうちに誰も信用できなくなってしまったんです。私自身さえも信じられなくなったんです。原因は私自身でもあります。私が自分自身で信用できなくなるようなことを・・・。

 

結果おそらく今後は一切ブログを見てもらえない指導してもらえないと実感しました。涙が出るくらい悲しい出来事でした。

 

大先生に伝えたかった

 

ブログを指導する先輩はブログ指導方針を決めた大先生の生徒です。教科書をつくった人を大先生だとします。指導方針に従ってブログを教える人を一般教員というとらえ方ができます。

 

その仕組みを理解するまでに、私の場合、かなり時間がかかりました。だからこそ、仕組みを知ってからの違和感は、簡単にぬぐえませんでした。

 

後悔の嵐

 

誰もが悩み、よく見かける記事に登場するコトバ「相性」です。違和感は、確信に変わっていきました。確信に変わってしまったら、行動するしかない!そう思ったんです。

 

大先生に、メールをしました。ブログの方向性のことも、ブログ初心者への指導のこともです。決して批判では、ありませんでした。迷っているので、いろんなことが決められません。

 

ブログを今後どうしていったらいいのか、迷子の状態です。本当に「相性」というものに真実を見出せるでしょうか。良いブログ指導を装うことは、いくらでもできる?

 

失礼な言葉かもしれませんが、私は、うわっつらの指導を垣間見てしまったんです。今後の見通しが全くたたなくなってしまったんです。

 

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悲惨な末路

 

自らが、まるで荒れ狂う竜巻の中に身を投じてしまったんです。竜巻の真ん中にいるので、自らを省みることはできません。周りは目まぐるしく、情報だけが通り過ぎていきます。

 

ブログの形、頑張ればあと一歩?

 

頑張れば、なんとか形になるかもしれない、そう思った時です。要になる質問が山ほどあるにもかかわらず、です。大きな竜巻の中に、飛び込んでしまったんです。

 

飛び込んだ挙句、得られた答えはショックなものでした。

「今の状況がわかっているのか?いい加減にしてくれ」

その内容に絶句するばかりでした。竜巻という嵐の中にいるわけですから、もう何が何だかわかりません。一週間、なんとか一生懸命考えつくしました。でも、結局堂々巡りなんです。

 

結局、よくわからないまま行動してしまったんですね。

 

落ち着きどころのない不安

 

もう、泣きそうです。いや、実際に泣きました。どうしたらいいんだろう、その繰り返しですから。大先生に頼りたい!そういう思いが強かったです。不安は悪い想像にまで、発展していきました。

 

期待する気持ちは、時間がたつにつれて、不思議なことにだんだんと「弱く」なっていきました。

 

ブログの世界という網にかかった魚

 

ブログ初心者にとって、正しい指導やサポートは必要です。正しい世界を知ったからこそ、思うことがあるんです。「ブログを指導します」という看板を見た者は誘導されます。

 

ココロや感情に響く誘導を、たくみに駆使してきます。そういう仕組みが横行していることさえ、知りませんでした。教育方針が正しい、と思うからこその誘導だったと、信じたいワケです。

そして、私は「ブログの教材」というエサを食べた魚になりました。

 

行きつく先は孤立無援?

 

とうとう、実感してしまうまで追い込んでしまったんです。自分自身を、孤立無援にしてしまうなんて信じられませんでした。追い込むというのは、ブログの記事をひとつずつ完成形にしていくことです。

 

私にとって、大変な作業でした。大変だったからこそ、フツフツとした何かが嵐を呼んだのかもしれません。荒れ狂う竜巻の中に飛び込む、という狂気の行動に走ったのかもしれません。

 

本当に良い人ばかりなの?

 

初心者だと自覚している時は、何かを信じたい気持ちが強い時期です。それほど、切実なんです。不安でいっぱいなんです。不安が的中したときの衝撃は、例えようがありません。

 

ブログの教科書があるからと言って、そこは学校でもありません。子供でもなければ、義務教育でもありません。習い事は、年齢制限がありません。趣味や特技に磨きをかけるために、習い事を始めます。

 

そして、習い事の世界は、厳しいこともあるものの、基本的には、非常に温和です。

 

お互いに褒めあう奇妙な世界

 

「指導する人も、生徒さんもほんとに良い人ばっかりですよ」

その教科書に関わる人は、口を揃えて言います。その時、奇妙な世界を想像してしまいました。同じ方向を向いている、マネキンです。洋服店で、おすすめ商品を着ているマネキンのことです。

 

想像の中で、そのマネキンたちは同じ形でずらりと並んでいます。マネキンには、表情がありませんよね。マネキンという商品を着た人たちだった、ということです。

そう見えるようになったのは、ちょっとした違和感からでした。

 

一石を投じると追放される?

 

「初心者が何をわかったつもりでいるの?偉そうに!」

同じマネキンの無表情のまま、それぞれの立場から、責められました。違和感を伝えたかっただけなのに、つまはじきです。疑問に思うこと、やってみたいことを伝える相手を間違えたようです。

 

大先生にタテツイたと、思われたのでしょうか。一石を投じようとしたことが、そんなにいけないことなんでしょうか。非常に情けない気持ちになりました。同時に、その場から消えてしまいたくなりました。

 

まとめ:その後、救われたこと

 

右も左もわからない、そんなブログの世界でした。そういう中で、良い経験をしたと思うことにしました。なぜなら、救いの手が現れたからです。あたたかい気持ちで、心からの共感をしてくれる存在です。

 

「相性」と言っていた意味は、なんとなくわかるようになりました。でも、もうマネキンばかりの世界には戻りたくないですね。違和感の世界を知ったからこそ、だからかもしれません。

 

サポートの存在のありがたみを、しみじみと噛みしめる日々です。

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