ブログで綴る毒親育ちあるある!困った両親に影響されて育つと〇〇になる?

私の両親は毒親でした。最近までその事実を知らずにいたのです。判明してからは毒親である両親に育てられ、影響されたからこその人格が次々に発覚しました。

発覚したことに驚愕して恐怖に陥るのですが、いざ蓋を開けてみると今までナゾだったことの理由が見えて理解できなかった事が納得できたりと悪い面ばかりではありませんでした。

毒親環境は次世代に引き継ぎたくないもの。でも既に毒親家庭という環境にいる場合は自分を見失いがちです。ですが振り返ってみると自分探しのカギとなります。

もしあなたが毒親環境に置かれた立場なら、周囲に気遣うクセが作用して自らを振り返る機会さえ無いことでしょう。自らの気づきがあるからこそ本来の成長につながることを知ってほしいのです。

スポンサーリンク

常に家に帰りたくない!自宅恐怖症になる

帰りたくない心境になったことはありますか?帰れない事情があると考えた時は?私はなぜか安心できるはずのあたたかい家族のもとに帰りたくないのか理由がわかりませんでした。

複雑な家庭環境が背景にあって自宅恐怖症になるという仕組み

  • 毎日繰り返される両親の喧嘩 
  • 子どもを巻き込んだ家族会議
  • 家に知らない家族がたびたび訪れる
  • 親の実家や親せきに頻発する金銭問題

毎日家族を巻き込むほどの両親の喧嘩には耳を塞ぐしか方法がありませんでした。決して裕福とは言えない環境で、耳栓やイヤホンさえなかったのです。

叫び声と共に飛び交う食器は壁にあたり、陶器やガラスが割れる音が家中に響き渡るのです。結局は部屋の隅っこで怯えるしかないのですが、結局見つかってしまい火の粉が降りかかります。

両親は子どもに喧嘩の解決策を提示を要求します。子どもが議長となり進行役になり家族会議を開くことに。喧嘩が勃発する度、毎回ですから同じネタやオチでは通用しません。

学校から帰ると知らない家族が団らんしていました。違和感はあったものの、これが奇妙な光景だと気付くのにかなりの時間がかかりました。

親の実家は一方は裕福で一方は貧困層という極端な格差社会が出来上がっていました。核家族内での格差社会の学びは、未来を予測していたのかと錯覚するほどに類似していたのです。

帰りたくないからプチ家出

小学校に入学して早々に友達の家で過ごすようになり、帰宅が遅くなるのですが母親が大騒ぎして家出騒動に発展。クラスという公衆の面前で担任からお説教というパターンとなります。

中学や高校はいじめられっ子だったため部活に没頭するようになります。朝練は誰よりも早く行き、放課後の部活も毎日ブラック企業並みの残業スタイルが定着していました。

家に着くのは夜中近い日が年中続くのです。部活を引退した頃にはOBの先輩たちと夜遅く遊ぶことも。人付き合いは上手くありませんが、帰宅しなくても良いなら何でもできたのです。

大人になったら自立できない症候群

毒親に育てられると親子逆転現象が起こります。親子逆転というのは親が子を養うという世間の一般論とは反対現象のこと。家庭内別居が同時進行する中での試行錯誤は苦悩の連続でした。

苦肉の策として親に現金を含めた貢物をするように。衣食住に関することを含め、親の代わりに責任を負うようになります。当然ながら感謝の言葉を受けたことはありません。

育ててもらうのが当たり前だと言わんばかりの態度です。子どもとしても感謝を求めているわけではありませんので、逆転現象は成立してしまうのです。

逃避行モード全開期

苦悩の日々から逃れるために一人暮らしを模索しながら遠くに就職を決めたのですが、無理して遠距離通勤することになります。何もかもが中途半端でどっちつかずなんですね。

何がしたいのか分からないというのが現実なのです。家から離れたいけれど親を放っておけない不要な責任感で悪循環に。離れることが許されない中、強行突破したのが週末逃避行でした。

金曜という休前日から日曜の夜中までドライブ逃避行です。どこまでも走り続けるのは唯一の爽快感を得られました。有給と組み合わせて連休ワザで逃避行するほどに。

スポンサーリンク

家族の幸せエピソードが皆無で悲劇のヒロインになる

家族旅行の話を友人から聞くと環境の違いに唖然となります。両親が仲良しだという話を聞くと、違和感とともに嫌悪感が沸き起こるのです。

理想の家族って何?

大人になっても理想の家族像が描けないまま。機能不全家族で育ったので仕方がないと今では納得できるのですが、恋を意識し始めたクラスメイトの会話についていけません。

友人の家に招かれて誕生会などが行われている光景を目の当たりにすると、無意識に一人取り残された私自身を感じるのです。理想の家族そのものが目の前にあるのに理解できないまま。

両親の喧嘩が日常という当たり前の環境とは対照的に、友人の両親が仲良く会話していることがドラマやフィクションの世界に見えてしまう滑稽さに思わず笑ってしまうほどでした。

悲劇のヒロインは母譲り

親子の絆自体が理解不能なのは既に家庭が崩壊しているからでしょう。他人へのボランタリー精神に目覚めるのは、親子の絆が欠如しているからこそなのです。

完全に世代連鎖しているのは悲劇のヒロインになりきれること。母親は毒を持って私に接するとともに、この世で一番可哀そうなヒロインなのだと主張し続けました。

私自身がこの連鎖を断ち切らなければと強く誓う一方で、他人への施しをすることで注目を集め、涙のヒロインになることで自己満足な私も同時に存在しているのです。

スポンサーリンク

いじめられ体質になる

両親からのしつけと称した抑圧がひどすぎて、自らの意思を伝えることさえ許されない環境でした。そのために即座に自己主張できない人格になり果ててしまったのです。

男女問わずいじめられた過去

そもそもピエロになることが生き方だと思い込んでいたのです。それは必死に生き残るための手段だったから。ピエロになればなるほど脱落していくのですが。

崖に必死にしがみつこうとするのですが周囲からは容赦がありませんでした。外見をからかわれ性格をけなされ、何もかも自信喪失につながっていきます。

感受性だけが頼りだったものの、ある日を境に周囲の誰もが私の悪口を言っているという状態に。クラスの内外から、そして男女問わず誰からもいじめの対象にされました。 

いじめた張本人に聞いてみた

卒業後も仲良しグループとして属することを余儀なくされた私はパシリでした。ある日思い切っていじめた本人に聞いてみたことがあります。

なぜ、あの時いじめたのかと。答えは簡単でした。いじめという感覚よりも楽しいという気持ちが爽快感につながったからだと言い切ったのです。

いじめた子と二人で逃避行ドライブに行った時に仕返しをする機会に恵まれますが、結局やっていることは毒親の生き写しだったことに気付き茫然とするしかありませんでした。

結局いじめる側といじめられる側は、和解どころか相互理解が永遠にムリなのです。なぜなら家庭環境が根本的に違うから。毒親環境か否かという理由だけだと知ることになるのです。

親を尊敬する錯覚から毒親崇拝者になる

最初は尊敬している感覚だったのですが、いつしか錯覚だと気付き、むしろ親を崇拝していると感じ始めるのです。目の前にいる親という人が崇拝の対象者となり恐怖の信仰がココロに宿りました。

毒親の外面に偉大さや夢をみる

毒親の正体を知りつつも外面の良さに憧れや夢、期待という気持ちを持ってしまうのです。結局この期待は崇拝意識のある私にしか見えないもの。

親そのものを信仰の対象としている以上は、誰か他の人に相談するという発想さえありません。悩みがあっても親に言えない、つまり誰かに相談するなら同類を探すしかないのです。

同じように悩みを持つ他人を嗅ぎ分けるように。基本的に個々の環境に左右されるわけですから、当然ながら同じ毒親育ち同士が悩みを持ち寄ったところで解決するはずがありませんよね。

親への感謝の気持ちをすり替えることで生きる

「育ててやったのだから感謝しろ!」と怒鳴られます。そもそも愛情を受けていないのに、どこに向かって感謝すれば良いのでしょうか。

子どもとして、すぐに取り繕うことを考えてしまいます。本来ならスルーすることだって可能なワケです。たとえ親不孝者だとののしられても本来の形は親が子どもを育てるのが自然な形。

親は子どもが無事に育ってくれたことに感謝するのが一般的なのです。子どもがどんなにモノ申したとしても「黙れ!親の言うことを聞け」で抑えつけられます。

年上への憧れが執着になり粘着タイプになる

年上といっても3~5歳なら学校の先輩や会社の同僚として普通に話すでしょう。憧れるのは20歳以上年上の人!なぜなら親のあたたかさを求めているからなんですね。

祖父の背中が父親だった

祖父も私の親から見れば毒親という存在でした。ですが孫としての立場から見る祖父は、立ち居振る舞い全てが尊敬できるものばかり。父親を飛び越え父親そのものだと思うように。

私は父親の訃報を聞いても涙どころか悲しみの感情さえ沸き起こることはありませんでした。一方で祖父が亡くなった時には1年以上悲しみが続き、事あるごとに泣き崩れていたのです。

祖父が父親だったら良かったのに、という気持ちから年上の男性を意識するように。祖父とは50歳以上の年齢差があり、周囲が理解できない歳の差をむしろ追い求めました。

愛情の定義

両親からの愛情で育った感覚や記憶が無いので、何をもって愛情だと定義するのかが分からないのです。漠然とした年上への憧れを恋愛感情だと勘違いしてくれる男性と関係を深めていくことに。

ただ欠落した感情は時にトラブルのモトになることもありました。それは好きだとか愛しているとか言われても困惑するばかりで、求められる言葉を発することができないからです。

いかに家に帰らずして済むかを考えながら関係を持つ、という複雑怪奇な行動ができるようになります。ある日「重い!」と言われたことをキッカケに執着の仕方を工夫するようになりました。

まとめ

毒親環境で育ったことで無意識の常識に支配され私の中で成立しているのです。ずっと罪悪感が残っていましたが本当は子どもとしての立場から見れば、そこに悪はありません。

毒親の言い分としては立派な大人になるべくして一生懸命に育てたと主張するでしょう。言い分としては当然のことですね。でも感謝をするかどうかはあなた次第なのです。

子どもが親に感謝することが義務であるという決まりはどこにも存在しません。毒親から受けた数々のトラウマは簡単には消え去ってくれないでしょう。

だからこそ癒しの時間は重要なのです。本当に安心できる人に安全な場所で保護されることが望ましいのです。安心できる人を探すには公共の機関を利用することも出来ます。

厚生労働省の電話相談はコチラ

一般社団法人社会的包摂センターの「よりそいホットライン」はコチラ

毒親自体が病気と言うケースは多いので医療機関に相談してみることもオススメします。

厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス」で探す場合はコチラ

医療の専門家によって、あなたという人格を通してケアしていくことが可能なのです。今私自身も実際に学んでいる心理学の専門家によって実際に試みています。

私というフィルターを通して親が、そして家族が癒されていくという心理教育方法が存在し、実際に癒される過程を体感しているのです。

安全な場所とプライバシーが守られる場所とは個別面談が望ましいでしょう。公共の機関で無料相談を予約するときには、個室で個別面談かどううかを確認するのがオススメです。

スポンサーリンク